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評者◆内堀弘
わたしの小さな古本屋――まるで風力発電のような古本屋、蟲文庫
No.3057 ・ 2012年04月07日




某月某日。『わたしの小さな古本屋』(田中美穂著、本体1400円、洋泉社)を読んでいると、昨年亡くなった『彷書月刊』編集長の田村さんの名前が出てきた。そう言えば、足の踏み場もない編集部で彼女の書いた文章を「面白いよ」と薦めてくれたのが彼だった。
 田中さんは倉敷で蟲文庫という小さな古本屋をやっている。
 素敵なお店をはじめました、というのではない。二十代のある日、あまりの理不尽さに会社を退職し、その日の内に「古本屋をやろう」と決めた。資金は貯金の百万円。在庫は手持ちの僅かな本だけ。「古いというよりボロい」五坪の事務所を借りて、彼女の小さな古本屋がはじまった。それから十八年、折々に書かれた随筆が一冊になった。
 夜、店を閉めてその足で郵便局のアルバイトに通う生活が何年も続いた。だが、父親の死をきっかけに、そのバイト生活をやめる。経済的に何か変わったわけではない。古本屋にもっと向き合おうと思ったのだ。店を閉めた後、郵便局ではなく、本に囲まれた中で過ごす。その深閑とした時間を、彼女はなんと幸せかと感じる。その場面がとてもいい。
 「意地で維持」をテーマに、蟲文庫は少しずつ居心地のいい場所になっていく。なにより彼女にとって。そしてお客さんにとっても。
 今、古本屋には「ネット奴隷」という言い方がある。最大の販売サイトに数万点をアップし、一日百点、二百点の注文を受ける。しかし一円まで値下がりをする価格競争では単価は低い。一日数百件の荷造発送をして、さらに同数以上の補充入力をする。深夜まで働きづめの毎日が続くというのだ。
 そう思うと蟲文庫はまるで風力発電のような古本屋だ。「それで食べていけるならいいけどね」、そんな皮肉も聞こえてきそうだ。しかし、読み終われば、小さな発電とゆるやかな繋がりで、こんな豊かさが叶うことを知る。
 彼女の文章を初めて読んだ『彷書月刊』も風車のような雑誌だった。稼ぎはなかったけれど、いろんな風に吹かれて回っているのが、楽しくてならないようだった。
(古書店主)







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