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評者◆田口幹人(さわや書店フェザン店、岩手県盛岡市)
「死」を見つめることから始まる「生」――石井公太著『遺体――震災、津波の果てに』(本体1500円、新潮社)
遺体――震災、津波の果てに
石井公太
No.3056 ・ 2012年03月31日




 「みなさん、釜石に生まれてよかったですね。」
 結びの一文の意味を、ようやく理解出来るようになったのは、最近のことである。当社の支店が釜石市にあったことや同僚が釜石市出身だったこともあり、震災直後から何度も足を運び、目の当たりにした破壊的な情景や体にまとわりつく臭いと淀んだ空気を思い出し、「この地に生まれてよかった」という言葉の意味するところを考え続けていた。
 3・11東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県釜石市。死者・行方不明者1100名以上。かろうじて残った各施設を埋め尽くす尋常じゃない数の遺体。本書は、遺族としてではなく、生き残り、市職員や、医師、歯科医師、民生委員などの職に偶然就いていたために、遺体安置所へ集うこととなった人々の壮絶な数週間のルポルタージュだ。震災直後から二ヶ月半の取材を基に、遺体安置所で繰り広げられた極限の状況で、彼らがどのように遺体と向き合い、どのように前を向き、歩みを進めたのかが描かれている。
 著者が釜石市を選んだのは、町ごと破壊された他の地域と違い、海沿いは町が消滅したが、国道を一本隔てた内陸部は、津波の被害を免れたことにあるとしている。それは、同じ市内に暮らす人々が、昨日まで共に暮らした隣人の遺体を発見し、運び、調べ、管理し、そして弔う。さらには、その想いを背負って生きていかねばならないことを意味していた。
 津波襲来時、たまたま内陸部にいたからこそ生き残った者達の想像を絶する葛藤と苦悩がそこにあった。次々に運ばれてくる、仲間や顔見知りの遺体を前に、顔は青ざめ、目が泳ぎ、心を閉ざしてゆく者が続出する。そんな中、彼らは運び込まれた遺体に話しかけることで、自分たちの生きた意味を見つける。そして、生き残った者が死者に生きた証を見つけ、その苦しみに寄り添い送り出す。これは、釜石市という小さな共同体で暮らした者達だからこそ為し得た姿だったのではないだろうか。もちろん釜石市だけではなく、多くの被災地で同じように、同郷者が同郷者の死と向き合う姿があったのだろう。
 この一年間、映像メディアや新聞、写真集など、東日本大震災を取り扱った情報を毎日目にしてきた。日が経つにつれ、情緒的で感情的なものが増え、復興ムードを演出していることに違和感を覚えていた。もちろん、それがあったからこそ日常を取り戻しつつある実感を得たことも事実であるが、しかし受け入れられない何かがあった。本書には、それらが伝えてこなかった、伝えることが出来なかった人間の姿があった。「死」を見つめることから始まる「生」。その悲しみと苦しみの先にあった覚悟が、きっとこの町を再び蘇らせてくれるという希望を感じさせてくれた。
 あの悪夢のような震災から一年を迎えた。復興とはなんだろうか? 家屋や道路や堤防や公共機関を修復し、人が生活を営める環境を整備することは、最優先の課題だろう。しかし、数え切れない程の死を、骨肉化する覚悟を決め、一生背負っていく決意を固めて、はじめて一歩歩みを進めることが出来るのかもしれないということを本書が教えてくれた。
 読んでいて涙が止まらなかった。多くの震災関連書を読んで流した涙と違う涙だった。同情や悲しみの涙ではなく、この地で生き続けるという覚悟の涙だったと今感じている。一歩進むために目を背けず向き合ってほしい一冊です。







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