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評者◆別役実
丸ノ内線
No.3055 ・ 2012年03月24日




 丸ノ内線は銀座線の次に出来た地下鉄である。当時銀座線はかなり古びていたので、「新しい地下鉄が走りはじめた」という印象が強かった。走る区域によるものもあったかもしれない。
 銀座線がそのメインを、新橋から上野まで、山手線の外側を走っているのに対して、丸ノ内線の方は内側を走っている。つまり、東京駅には八重洲口側と丸の内口側があり、どう見ても丸の内口側がメインだが、その名の通り丸ノ内線はそちらを走っている、というわけである。
 ただし奇妙なことにこの線は、新宿と池袋を結んでいる。これが「奇妙なこと」と言えるのは、新宿からこの線に乗ってみるとよくわかる。車両は「池袋行き」とされていながら、電車そのものは「池袋じゃない方」へ走り出すからである。池袋で乗っても同じだ。「新宿行き」となっている車両が、「新宿じゃない方」へ走り出す。
 ただし、新宿の場合はそこから荻窪、もしくは方南町まで路線が延び、「荻窪行き」もしくは「方南町行き」という線も出来たから、池袋から乗る客は、新宿止りの車両に乗らなければ、さほどの違和感は抱かずにすむ。
 同様に池袋の場合も、そこを終点とせずに、たとえば江古田あたりまで延びていれば、新宿で乗る客も安心出来るであろう。いや、本当のことを言えば、江古田から線を南に向け、荻窪につなげてしまい、新しい「地下環状線」としてしまうのが一番いい。
 新宿から池袋へ行く場合、最短距離で行く場合は「地上環状線」である山手線に乗ればいいが、「地下環状線」を選んだ客も、行先きの標示はないのであるから、「変な感じ」を持たずにすむ。
 ところで、この丸ノ内線が出来た当初は、一応銀座、東京など、かつてのメインをなめているが、つい最近副都心線なるものが出来て、「おやおや」と思ったものも少なくないに違いない。これはまさしく、池袋、新宿、渋谷という、かつての副次的な盛り場のみを結ぶものだからである。新宿だけは、新宿三丁目という、山手線の新宿駅からひとつはずれたところを通るのだが、さほどの距離ではないし、地下道でつながっている。
 これを見ると誰しも、東京という街が、新橋、銀座、日本橋というかつてのメインから、今日に至って大きく、渋谷、新宿、池袋の方へ移りつつあることを感じとることであろう。その証拠に都庁も、かつての有楽町から新宿へ移ってきた。
 もしかしたら東京湾からの津波を用心してのことかもしれないが、だとすれば皇居も、そろそろ八王子方面へ移転することを、考えた方がいいかもしれない。
 丸ノ内線は、赤坂見附で銀座線と接触している。銀座でも接触しているが、ここでの駅と駅は少し離れているので、乗り換えたい場合は赤坂見附の方でした方がいい。赤坂見附で乗り換えた方がいいもうひとつの理由は、同じホームでそれが出来る、ということもある。つまり、丸ノ内線の新宿行きと銀座線の渋谷行きが同じホームになっており、たいていはその方向への乗り換えが多いから便利である、というわけだ。
 かつて私は、兵庫県立のピッコロ劇団の仕事をしていたことがあり(現在でも続いているが、かつてよりは仕事量が減少している)、東京と新大阪間を、ほぼ一ヶ月に一回は往復していたのだが、その行きも帰りも、渋谷から銀座線に乗り、赤坂見附で丸ノ内線に乗り換え、東京から新大阪へ、というコースを辿っていた。実は帰りは、東京から丸ノ内線に乗って赤坂見附へ出るよりも、山手線で渋谷へ出た方が、新幹線の乗車券をそのまま使えるので安上がりなのだが、赤坂見附まわりの地下鉄の方が早そうなのでそうしていたのである。
 ただし最近は、新幹線で品川止りというのが出来、帰りは品川で降りて、山手線で渋谷まで乗ってくる。それなら行きもそうしたらいいではないか、と思われるかもしれないが、行きは相変わらず、赤坂見附まわりで東京へ行って乗るのだ。「どうしてなんだい」と人に聞かれ、あらためて私も「どうしてなんだろう」と考えてみて、気がついた。
 東京発の新幹線で、確か品川に止まらないのがあるらしいのである。私は新幹線に乗る場合(東京・新大阪間のものに限るが)、あらかじめチケットを用意せず、駅に着いてから行き当たりばったりに乗れるのに乗ることにしているので、品川よりも東京の方が、そのチャンスが多い、というわけである。
 ついでだから言っておくが、東京・新大阪間の新幹線には、まだ喫煙車両のあるものがあり、それのないものにも喫煙所がついている。以前より回数は減ったものの、まだピッコロ劇団へ行くことがあるのだが、そしてその度に新幹線に乗るのだが、「煙草が吸える」と考えるだけでホッとする。それだけではない、前途にそうした「救い」があると考えるだけで、行きの銀座線、丸ノ内線の道中も、帰りの山手線の道中も、何とはなしなごむのである。
 ところで、地下鉄・銀座線は、渋谷から浅草まで、いくつかの屈折はあるものの、「ひとながれ」として把えられるが、地下鉄・丸ノ内線の方は、東京を起点として、新宿方面、池袋方面へと、大きく二つに分離していると考える。私の知っている「電車マニア」の中に、その車両の客種を見ただけで、その電車がどこを走っているどの路線のものか、見分けることが出来る、という者がいたが、その彼なら丸ノ内線の車内で、客種を見て、現在新宿・東京間を走っているのか、池袋・東京間を走っているのか、見分けることが出来るかもしれない。
 そして、新宿・東京間の方には、四ツ谷、赤坂見附、銀座など、名の知れた駅がいくつかあるが、池袋・東京間にはそれらしき駅はほとんどないから、どう考えても、新宿・東京間を「表街道」とすれば、池袋・東京間は「裏街道」とせざるを得ないような気がするが、どうであろうか。
 私のよく利用する丸ノ内線の駅は、前述した赤坂見附、東京を別にすれば、四谷三丁目だろうか。ここは文学座へ行く時によく降りる。文学座へ行くには、もうひとつ中央・総武線の信濃町駅からのルートもあり、こちらもよく利用するが、どちらを利用することの方が多いのか、よくわからない。
 もしかしたら、行く場合は信濃町で降り、帰る場合に四谷三丁目で乗ることが多い、と言えるかもしれない。いずれの場合も、電車を降りた時、あるいは乗る前に、ちょっと喫茶店に寄って一服してから、ということが多いのであるが、それぞれ四谷三丁目には「 月堂」、信濃町には昔は「ルノアール」、今はそれがなくなって、同じ場所に「珈琲園」だったかな、同じような店がある。
 それぞれの駅から、トコトコと歩いて五分ばかりのところに文学座があるのである。四谷三丁目の駅から、何通りと言うのだろう、大通りを少し新宿の方へ引き返して、新宿を向いて右手に入り、坂をだらだらと下った右手に、亡くなった三木のり平さんのお宅があって、のり平さんと何度か仕事をしたころ、度々おうかがいしたことがある。
 お宅にはちょっとした板敷きの広間があり、のり平さんは若い演劇人を集めて芝居を教えるのが好きだったから、たいてい何人か若い者がいて、おしゃべりしたり、食べたりしていた。喜劇専門の演劇塾を作ろう、という話が出たのもそこである。
 その話が発展し、ひとまずは喜劇集団を、ということで、《空飛ぶ雲の上団五郎一座》という集まりを、のり平さんを中心に、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、いとうせいこう、筒井康隆、井上ひさしなどと作り、北海道でやった日本劇作家協会の大会で団結式をしたのだが、その日、のり平さんが急病で入院し、間もなく亡くなったのだ。
 《空飛ぶ雲の上団五郎一座》というのは、英国のBBCが作った《空飛ぶモンティー・パイソン》と、菊田一夫が作り、エノケンや三木のり平や、その他喜劇役者を揃えた《雲の上団五郎一座》を合体命名したもので、のり平さんが亡くなった後、三回ほど公演したが、のり平さんが期待していた喜劇役者専門の養成塾は、遂に出来ることなく終わった。
 しかし今でも、文学座へ行くべく四谷三丁目の駅に降りる度に、そのことを思い出すのである。そう言えば、一時のり平さんを文学座のアトリエ公演に招いて、若い文学座の座員たちと一緒の舞台を作ってみたい、と思ったことがあった。文学座にとっても、大変いい結果になったと思うのであるが、残念ながら私がその提案をする前に、のり平さんは亡くなってしまった。
 丸ノ内線でそれ以外に印象に残る駅と言えば、四ツ谷くらいであろうか。この駅には、それほど度々乗り降りしたわけではないが、新宿から行くと「トンネルを抜けたところ」という意味で、何やらホッとさせられるのである。駅を出たところも、桜並木の土手があったり、教会があったり、学校があったりするものの、それぞれが広い所にまばらに配置されている感じで、開放感がある。
 私の丸ノ内線の使い方は、かなりかたよっていて、前述した「裏街道」の方は、ほとんど使ったことがない。御茶ノ水駅に一度、新大塚に一度降りたことがあるくらいであり、しかも、新大塚の場合は間違えて降りてしまったのである。ただし、ここからJRの大塚駅までは、散歩道としては、下り坂であるし、ちょうどいい。
(劇作家)







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