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評者◆花本武(ブックスルーエ、東京都武蔵野市)
徹頭徹尾「芸術書」――鈴木康広著『まばたきとはばたき』(本体二五〇〇円・青幻舎)
No.3055 ・ 2012年03月24日




 良い芸術書の条件の一つとして、こんなテーゼはどうだろう?
 「読んでも読んでも読み終わらない」。何度読んでも、新たな発見がある、ということだ。むしろこれは芸術書における必要条件なのかもしれない。一度読んで(眺めて)もう顧みる意味を持たないような芸術書は、そもそも「芸術書」とは呼べない。
 そういう観点から徹頭徹尾「芸術書」なのが鈴木康広の『まばたきとはばたき』(青幻舎)だ。知名度はあまり高くなさそうだが、五年後、いや三年後には、ずいぶん状況が変わっているのではなかろうか。とりあえず「ファスナーの船」と検索をして動画を観てみよう。呆然としたあとに、たまらなく愉快な気分になれるはずだ。
 ファスナーの形状をした船が航海したとしよう。それを上空から眺めたらどうか。海を開けちゃうんじゃないか?それを実際にやっちゃった作品が「ファスナーの船」だ。そして鈴木は淡々と地球を開くイメージを夢想する。
 理屈抜きのおもしろさは、芸術としての評価にむしろマイナスの効果を及ぼすという謎の現象が時々起こる。批評性がない、あるいは深みがない(深みってなんだ?)。鈴木康広は、そういう風潮を歯牙にもかけず二〇一〇年の瀬戸内国際芸術祭に「ファスナーの船」を堂々と出品した。
 このプロジェクトには相応の資金が必要だったはずだ。恐らく「わかってらっしゃる」パトロンとの出会いがあったに違いない。私は鈴木がパトロンに初めてこのプロジェクトをプレゼンする様子を見たくて仕方ない。もしかしたら二人とも半笑いだったのでは?
 瀬戸内に出品された船は、全長約十一メートル、重さ五トンで、人が乗れる。厳しい船舶の検査もパスしている。そこに至るまでには、いくつかのステップがあったようだ。ラジコン版の「ファスナーの船」がその一つ。そしてホップに当たるアイデアのとっかかりを記したスケッチが存在する。それらが本書の核となる。
 アイデアスケッチは作品を具体化するための設計図にすぎないのが通常のところだ。ところが鈴木のアイデアスケッチを一冊にまとめると、先に定義した、まごうかたなき「芸術書」となる。
 一つひとつの作品を追ってページを捲っていく。四十五の作品が写真とスケッチで紹介される。人によって、またその時の気分によって、どの作品をじっくり味わい、時間をかけるか、読書の質がまるで違ってくるはずだ。優れた詩集にも同じことが言えるかもしれない。
 原研哉は鈴木のスケッチを数式に似ていると評した。数理的な美しさ、インテリジェンスは鈴木作品の下地のようだ。そこに適宜、ポエジーとユーモアをかけ合わせて、なんでもないもののように無造作に提示してくる。
 最小限のテキストでコンセプトを伝えて、受け手の想像力(創造力)に委ねる。信頼であり、共犯の関係と言えるかもしれない。鈴木の日常から不意に発せられたとおぼしきアイデアは、いつのまにか宇宙規模の広がりをみせる。誰も体験しえない「感じ」を妄想としてではなく、確かなロジックによって紡ごうとする。その手段としてポエジーとユーモアを駆使しているのだ。







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