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評者◆伊藤敏朗
夢はネパールで着ぐるみ怪獣映画を!――〈ネパール映画監督〉でもある著者が切り開く未知なる映画領域
ネパール映画の全貌――その歴史と分析
伊藤敏朗
No.3055 ・ 2012年03月24日




 「ネパール連邦民主共和国」と聞いて、本紙読者であれば、まず「ネパール共産党毛沢東主義派」を思い浮かべる人はいるだろう。しかし「ネパール映画」とくれば、ピンとくる人は皆無のはずだ。本書は、その全貌を捉えた類例のない一冊である。執筆のきっかけとなったのは、一人の留学生の存在だった。
 東京情報大学で映像メディアの読解、コンテンツ制作などを行う伊藤氏のもとに、二〇〇四年、一人のネパール人留学生、ニラジュ・ブッダ・マナンダールさんが入学してきた。
 「ニラジュ君は、ネパールでは映画が国民的娯楽だと熱く語るのですが、調べようにも全く文献がない。ユネスコの統計でも、ネパールの映画製作本数はゼロということになっている。要するに未知の国。世界の映画研究者が誰も知らないならば、自分が研究する意義は高いと考えました」
 しかし調査は困難を極めた。
 「とにかくデータがない。信じられないほどです。入場料にはエンターテインメント税がかかるので税務署が把握していないはずはないのに、どうしてか「知らない」と言う。いまだに苦労しています」と苦笑い。
 大学で教鞭をとりながら、二〇〇六年、日本大学大学院博士後期課程に入学。その修了作品として、ネパールで映画を製作することを決意し、ニラジュ君とともに現地入りした。現地のプロの俳優とスタッフを指揮して、五十一分の中編劇映画『カタプタリ~風の村の伝説~』を完成。この映画製作の過程で、現地の映画関係者との深い交流が生まれ、彼らへの丹念な聞き込み調査をすることで情報を収集、それが本書へと結実した。「ニラジュ君との出会いがなければ、本書は存在しなかった。不思議な運命を感じてしまいますね」
 ネパールでは、世界随一の映画大国インドの圧倒的影響下の中、年間六〇本前後の映画が製作されている。大衆娯楽路線、すなわち歌と踊りが満載な〈マサラ・ムービー〉の模倣が主流だが、近年はビデオカメラの性能向上によって、低予算でもハイクオリティな作品が増えてきた。
 「特に今「沸騰」という言葉が妥当すると思いますが、デジタル化と経済発展が急速に進んでいます。加えて圧政から解放された高揚感があって、それが意識的・無意識的に映画に反映されていくことは間違いない。歴史の大きな結節点で、例えば第二次世界大戦に敗れたイタリアで、戦後の映画がどーんと面白くなったように、ネパールもその臨界点に達しつつあるのではないか。ネパールは多民族国家、とりわけ少数民族が母語で作っている映画に熱気を感じています」と分析する。
 映画館の減少など日本と共通する問題もあるが、「映画は熱狂的に愛されている、その有り様は驚天動地。最初から最後までわいわいお祭り騒ぎです。映画とはこういうものだったのか、このような力は日本映画からはまるきり失われている、これは学ぶべきだと痛切に感じます。そして人はなぜ映画を欲するのか、人類にとって映画とは何かという根源的な問い直しをしたくなるのです。本書を通じて日本人の研究者の映画に対するイメージの棚卸につながれば、それが最大の喜びです」
 「ネパール映画監督協会」に所属する唯一の外国人でもある伊藤氏の第二作は、同国文学の最高峰であり、難解とされる原作を基にした『シリスコフル~花を散らす口づけ~』。質的向上の観点から、”マサラ”の要素は意図的に排除した。
 「そこが皆さん不満のようで(笑)。とにかく一曲でいいから歌を入れろとかなり言われました。そのパターンにはまらない作品は、ここ数年少しずつ増えてきています。しかし興行的には成功していない(笑)」
 根っからの映画好きで、大学時代には映画サークルの8ミリ制作に注力した。
 「圧倒的にタルコフスキーが憧れの対象。彼の映画は、撮影技術が突飛なわけではないのに、同じものを作ろうとしても全く手が出ない。むしろ模範という意味では、岡本喜八監督。小学生の時に『日本のいちばん長い日』を見て、映画はカットと構図だと自覚しました。この人の作品は、通常の日本映画にはないノリの良さ、エネルギーを感じます。特に絵コンテをきちんと描いて撮るスタイルをまねしていますね」と話す表情は、“映画青年”そのものだ。
 現地において次回作のオファーも多数あるそうだが、実は密かに独自の企画があるという。
 「私自身は、ネパールで着ぐるみの怪獣映画を撮りたい。ネパールには、セルアニメや人形アニメがほとんどなく、いきなりCGになっている。しかし神々しく神格化されたものに崇敬の念を抱くネパール人のメンタリティからすると、巨大な怪獣の着ぐるみ特撮は好きなのではないか。『大魔神』のような映画ならば百パーセント受け入れられるはず。エキストラの人件費も安いので、日本では不可能になった大スペクタクルをカトマンズでやってみたい。ネパール映画の歴史を変える活動を仕出かしたいですね」と夢は膨らむばかりだ。

※同氏ホームページhttp://www.rsch.tuis.ac.jp/~ito/では『カタプタリ』『シリスコフル』の予告編などが視聴できる。

▲伊藤敏朗(いとう・としあき)氏=1957年大分県生まれ。東京農業大学農学部造園学科卒業。現在、東京情報大学総合情報学部情報文化学科教授。監督・脚本を手掛けた『カタプタリ』でネパール短編映画祭批評家賞、2008年度ネパール政府国家映画賞受賞。







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