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評者◆内堀弘
満州・建国大学の破片――物語の破片がこちら側に転げ落ちてくるとき
No.3052 ・ 2012年03月03日




某月某日。古書の入札会をのぞくと建国大学の第一期生卒業記念アルバムがある。こんなものが出てくるのかとびっくりしながら、その驚きを極力悟られないようにゆっくりと頁をくった。
 「虹色のトロツキー」(安彦良和)の第一巻が出たのは1992年だから、もう二十年前だ。「虹トロ」と呼ばれたこのコミックは満洲の首都に作られた建国大学から物語がはじまる。面白かった。
 この大学は石原莞爾が唱えた「五族協和」「アジア大学構想」を実現したもので、学風は自由闊達。第一期生はわずか141名で日本人は半分。あとは満洲、台湾、朝鮮、蒙古の学生だった。教員の側もそうだ。客員教授にモスクワを追放されたトロツキーを招聘しようとしたが、それがタイトルの伏線にもなっている。第一巻の解説で山口昌男は「1992年の今日、私の最も好きな作品」と書いた。
 141名だから、卒業アルバムは教員分を入れてもせいぜい200部程度しか作られていないはずだ。分厚いものだが、各頁に学生生活を写した紙焼きの写真を一枚ずつ貼っている。少部数ならではだ。
 物語としか思っていなかった世界から、どんな回路をくぐり抜けてきたのか、その破片がこちら側に転げ落ちてくることがある。古本屋をやっていると、そんな場面に不意に遭遇する。それがなによりの面白味だ。
 私はどうしても落札したいと思った。
 第一期の卒業式は昭和18年。日本人学生約70名。何冊が海を渡って現在に残されているのか。二度と現れることのないだろう資料に私は渾身の額を入札した。こんなに高く買ってどうするんだという心の声は力ずくで押さえた。そんなことは奇蹟を前に考える問題ではない。
 それでも、落札は叶わなかった。落札した業者は古くからの友人で歳は私より若い。「強いね」、先輩風を吹かせてそんなことを言うと、「虹トロを思い出してしまって……」と言うのだ。「そうなんだ」と驚くと、「だって、あれ面白いから読め読めって、あの頃さんざん言ってたじゃないですか」と言うのであった。
 そういえば私は人にものを薦めるときにくどいところがある。あれはよくない。
(古書店主)







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