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評者◆秋竜山
ルーヴルは寝ころんで、の巻
No.3051 ・ 2012年02月25日




 井出洋一郎『ルーヴルの名画はなぜこんなに面白いのか』(中経の文庫、本体六八六円)を観る。ルーヴル美術館で生の絵画を観るよりか、本書のような文庫本で、みごとに編集された作品を観たほうが、利口かもしれない。まず、寝ころんで鑑賞できるということだ。立って眺めるより、人間のもっとも楽な姿勢で眺める、それは横になるということだろう。四十年以上も前になるか、あまりにも遠い昔であるから、大きな声ではいえないが、一回だけルーヴル美術館へ行ったことがある。その時のルーヴル美術館の印象としたら、やたら大きかったことだ。巨大すぎる。巨大ということは、ある面でウンザリしてしまう。こんな広い美術館でいったい、どーやって作品を観るのだ。鑑賞などとはあまりにも程遠いものであった。旅行中であったこともあり、つかれていたんだなァ、あの時は!! と、いう記憶がまず浮かぶ。そのせいか、ねむくて、ねむくて、あまりのねむたさに、立っていられない。「これが名画中の名画」なんて案内されても、ねむさのあまり、どーでもよかった。名画もねむたさには勝てないということがわかっただけでも、ゼータクな勉強ができたということだろう。私は、ルーヴル美術館でなくても、他の小さな美術館であっても、展示された作品の中の二点か三点を目をこらして観ると、とたんに、つかれてしまって、後の作品はどーでもよくなってしまう。だから、大量の数が展示されていたとしても、感動するほうではない。本書では〈ミロのヴィーナスはぜひ後ろ姿も見てほしい〉というページがある。
 〈19世紀にはこの彫刻は紀元前4世紀の巨匠プラクシテレスの模倣者による古典的な作品とされていたのですが、ドイツの学者フルトヴェングラー(同名の大指揮者の父上)が、台の銘文や身体のポーズのくねりなどから、この彫刻が古い時代のものではなく、ヘレニズムの末期の新しい彫刻であることを発表して、現代でもそれが定説となっています。〉(本書より)
 これまではよくわかった。ところが、よくわからないのが、
 〈その理由のひとつがお尻にありますから、ぜひ後ろに回ってください。腰布からちらりと出ている割れ目(!)こそがヘレニズム期しかない。〉(本書より)
 そー、いわれると、もしミロのヴィーナスのあの彫刻に、お尻の割れ目がなかったら、どーしましょう。そして、心配御無用といったところだろう前と後が対になって、一体の芸術作品となっているのですから、それにしても、ミロのヴィーナスのお尻の割れ目に価値ある意味があるとは知らなかった。ミロのヴィーナスは元々は2本の腕があって。しかし、腕のないのが、いかにもミロのヴィーナス的であり、腕が復元されて、とりつけられたりしたら、ニセモノみたいになってしまうのではなかろうか。そのミロのヴィーナスが日本へやってきた時は、大さわぎしたものであった。押すな押すなで、前を観たり後ろを観たりどころではなかった。お尻の割れ目なんて、鑑賞できるはずもなかった。当時の新聞記事にそのようなことは書かれていなかった。あの時の群集はいったいどこを観たという記憶があるのだろうか。観る間もなく後からおされた、ってことか。







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