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評者◆殿島三紀
「鉄腕アトム」が好きだから──瀧本智行監督『はやぶさ 遥かなる帰還』
No.3051 ・ 2012年02月25日




 2010年6月13日、日本中が興奮した。はやぶさ(第20号科学衛星MUSES‐C)が7年間60億kmの宇宙の旅を終え、地球大気圏に再突入した日である。
 宇宙ものといえば、子どもの頃おなじみになった東宝特撮もの。こうした作品のお約束は世界中の学者が一致団結して地球の困難を救うというもの。〈世界はひとつ人類は皆兄弟〉みたいな、めでたし、めでたしの映画だった。こういうことを素直に信じることのできた子ども時代はなんと幸せだったことだろう。
 ところが、充分過ぎる程、大人になった今、あの緊張と興奮と感動を味わえるとはなんと幸せなことか。それもSFではなく実話として。この感動を映画にしない手はなく、なんと「はやぶさ」映画は4本も製作されている。2011年5月『はやぶさ BACK TO THE EARTH』(上坂浩光監督、角川映画)、同年10月1日『はやぶさ HAYABUSA』(堤幸彦監督、20世紀FOX)が既に公開され、2012年2月11日本作『はやぶさ 遥かなる帰還』(瀧本智行監督、東映)、3月10日『おかえり はやぶさ』(本木克英監督、松竹)が公開される。いかに「はやぶさ」が、内向きになっていた日本人の心に勇気を与えたか、ということかもしれない。
 小惑星「イトカワ」。その地表に到着して岩石サンプルを持ち帰るという世界初の高精度ミッションに挑戦した小惑星探査機「はやぶさ」。世界初という言葉も誇らしいし、小さな探査機が幾多の苦難を乗り越えて60億kmも宇宙を飛んだこともロマンに溢れている。「はやぶさ」の開発に関わり、7年間を共にしたJAXAプロジェクトチーム、あるいは部品の試作に携わった町工場の職人たちの感動はいかばかりか。さて、JAXAというのはご存知でもあろうが、Japan Aerospace Exploration Agency宇宙航空研究開発機構の略語である。2003年10月に生まれた宇宙科学研究所(ISAS)、航空宇宙技術研究所(NAL)、宇宙開発事業団(NASDA)が一つになり、宇宙航空分野の基礎研究から開発・利用に至るまで一貫して行うことのできる機関が、独立行政法人宇宙航空研究開発機構JAXAだ。本作はこのJAXAと「はやぶさ」推進エンジンであるイオンエンジンを開発したNECが実名で登場する。壮大なPR映画といえなくもないが、この時期、この手の映画が元気と希望を与えてくれるのは確かだ。
 燃料漏れ、姿勢制御不能、さらには通信途絶。「はやぶさ」に次々と困難が襲いかかる。そのたびに主人公である「はやぶさ」プロジェクトマネージャーの指揮下でメンバーは一致団結し、復旧に全力を注ぐ。トラブルが大きくなり、イオンエンジンの運用をめぐって、JAXAサイドの開発者とNEC側開発者が激しく対立し、「はやぶさ」がイオンエンジン全停止という最大の危機を迎えた時、主人公はリーダーとして決断。そして、言う。「絶対にあきらめない」「よろけてもいい、這いつくばってもいい、とにかく地球にゴールさせるんです」。この台詞が泣かせる。興奮した口調で口角泡を飛ばしたり、まなじり決して熱くなるような大げさな演技はない。淡々としながらも、責務を担い、あるいは、会社と自分の研究とのはざまで苦しみ、あるいは一銭にもならない使命に生きる、という科学者、会社員、職人たちを演じる俳優に、日本娯楽映画の大きな成長を感じる。そして、なによりも「はやぶさ」のけなげな姿がいい。2010年6月13日、はやぶさの帰還を歓迎した人の多くはこのけなげさに惹きつけられたのではないだろうか? どうも日本人は機械を擬人化する傾向が強いのでは、と常々感じてはいたが、自身、はやぶさがオーストラリアの沙漠の夜空に流星となって消えていくシーンに不覚にも涙してしまった。「はやぶさ」がはやぶさ君というけなげな少年になってしまっていたのだ。はやぶさ君は自己犠牲というか、責任感というか、とても人間的なものを感じさせてくれた。宇宙ものだけに☆をたくさん進呈したい映画だ。
(フリーライター)

※瀧本智行監督『はやぶさ 遥かなる帰還』は、全国公開中。公式ウェブサイト=http://www.hayabusa2012.jp/
※筆者のブログ「殿様の試写室」=http://mtono sama.exblog.jp/







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