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評者◆たかとう匡子
刺激を受ける労作多数――自分の記憶に対する画期的な聞き書き「多喜二の母を訪ねた――セピア色の記憶」(大牧富士夫、『遊民』)、根気よく丁寧に梶井基次郎作品を紹介し、検証する「表現者の成立――「檸檬」まで」(小楠久央、『龍舌蘭』)
No.3049 ・ 2012年02月11日




 「遊民」第2号(遊民の会)は癌経験者やニトロ、血圧降下剤所持者や、糖尿病、肝炎などなど全員が高齢病い持ちで平均年齢76歳とあるが、こういう同人誌のウリが逆に若々しいと思った。76歳といえば、1930年代半ば生まれの人たち。文字どおり戦争の時代に入って、昭和史という動乱の時代を生きてきた。こういう人たちが一市民として体験したことを語ろうしているのだから興味ぶかい。伊藤幹彦「八歳の危険分子――なぜ校長室に呼ばれたのか」は1943年の早春、祖父の話を小耳にはさんで「白壁町にもシュギシャが住んでいた」と当時言ったらしく「そんなこと誰から聞いたの」と校長室に呼ばれて聞かれた記憶。また大牧富士夫「多喜二の母を訪ねた――セピア色の記憶」は1959年ごろ仕事で出張のあと多喜二の母小林セキさんを訪ねた記憶。そういうことがあったから書いているのだが、これは単なる自分史ではない。自分の記憶に対する聞き書きという意味でも画期的。「薄ぼんやり」とか「輪郭のぼやけた」などと言わずに正々堂々と書いてほしい。歴史の語り部でもあり、同時にそれは証言たり得る。おおいに刺激をもらった。
 「龍舌蘭」第182号(龍舌蘭文学会)は小楠久央「表現者の成立――「檸檬」まで」に注目した。タイトルにあるように夭折した梶井基次郎を捉えて根気よく丁寧に作品を紹介し、検証する。こんなふうに一貫して物語のように書いてもらうと作家像が鮮明に浮かび上がってわかりよい。上巻だけなので突っ込んだ批評は差し控えたいが、文学は元来派手なものではなく、こういう着実さが大切で、ぜひ最後まで書きあげてもらいたい。次号を期待したい。
 「青森文学」第80号(青森文学会)は西脇巽「啄木と災害」、阿部誠也「嵐のなかの啄木祭」、三行書きにこだわっての吉田嘉志雄、谷村茂夫の「口語短歌」など、こういう雑誌の石川啄木へのこだわりもまた大事だと思った。最近はもっぱら賢治ブームだが、時代と自覚的に正面から立ち会ったのはやっぱり啄木だ。私たちは今こそもっと啄木を思っていい気がする。
 「北斗」第583号(北斗工房)清水信「ひたすら書いた人たち――たとえば吉本隆明」は『わが「転向」』や『詩の力』、『老いの超え方』、『共同幻想論』などなどひたすら書いてきた吉本隆明についての歯切れのいいエッセイだが、清水信といえば私なんか手に負えない、戦後文学世代への造詣がふかく、恐れ多い人であり、ただそれだけのためにもここにひとこと書きとめておきたくなった。
 「白鴉」第26号(白鴉文学の会)尾本善冶の「雪の日」はカフカやフォークナーをちょっと思わせる語り口で、はじめから終りまで行分けせず、外部を淡々と書いていく。そのためか主人公の「私」がいくぶん傍観者的なのが多少物足りない。文学は肉声の語りでもあるから、もうすこし「私」に肉迫してほしいと思った。
 「呼」2号(川髙保秀個人誌)川髙保秀「檻の島」は今号263頁で前半、次号で完結という壮大なドラマで、ストーリーを紹介するにも紙面はないからこれはやむをえないが、その分雑誌にする必要はないのではないかと思った。上下巻の単行本にし、同時に公開された方がよいと思う。ついでながら同人雑誌の「雑」という意味はそれだけで文明の担い手としての条件を多分に負っているが、ここではたったひとりだから誌にする理由は何もない。勿体ない。「作品集」とでも銘打って全二冊にして、自家版でいいから一気に発表して読み手の意見を聞いたらと思う。文句なしの労作である。
 「季節風」第108号(季節風同人会)市尾卓「日曜日の、その刻」は興味ぶかく読んだ。人(私たち)は考えてみたら一生を生きてやがてかならず終わるが、といってこの人に出会うとかこうあったという根拠を持って生きるというのではない。曖昧さがいっぱいあって、曖昧なまま生きているのが人間だ。原和夫という人物がどんな家庭生活を送り、どうして早く病院に行かず、五十歳で死ななければならなかったかは曖昧なまま、しかし遠近法で彼方(周囲)ばかりを書いているが、彼方はテーマであってもバックにすぎない。そのバックにこそ真実があるのだとこの小説は言おうとしているのではないか。
 「臍帯血WITHペンタゴンず」、「それじゃ水晶狂いだ!」は創刊号。そしていずれも発行人は同じ榎本櫻湖。「現代詩手帖」でもお馴染みの広瀬大志、野村喜和夫、海埜今日子などが書いている。発行日は三カ月違いだが、なんのためにわざわざ二冊にしたのかは分かりかねる。それぞれ表紙はカラフルで、誌名などは刺激的だが、榎本櫻湖の強力な個性ある雑誌にして、見せてもらいたい。期待している。
(詩人)







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