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評者◆福田信夫
感動を呼ぶ労作多数――晩年に至るまでの二人の姿と業績を詳らかにする「尾崎翠と高橋丈雄の周辺」(井上嘉明、『流氷群』)、母と妻の一途な姿に圧倒される「赤本二題」(堀坂伊勢子、『文宴』)
No.3046 ・ 2012年01月21日




 読んでもらえるように紹介するのが評者の役目であるが、それは至難の業である。今回は100冊位の中から30冊ほど粗選りし、さらにその半分位を紹介したいのだが。
 『文宴』116号は89頁と手頃な厚さで、小説とエッセイともに隅々まで読ませる豊かな同人誌である。小説3編のうち堀坂伊勢子「赤本二題」は、戦時中、チブスに罹りかけた次女と肺病に罹った夫を、赤本(月刊婦人雑誌の付録で主婦向きの家庭看護の冊子で表紙が赤色)を参考にして日夜奮闘して菌を撃退する母と妻の一途な姿に圧倒された。また中田重顕「老残日記抄」は谷崎潤一郎の「瘋癲老人日記」を文中に引用しながら残り少ない命の男が42年前、熊野の山中の中学校に勤めていた時に知った後輩の魅力的な女性と再会し、その裸体を観音立像と思い、祈る姿に感動したが、この作者の手にかかるとデリヘル嬢も看護婦も、妻でさえ、女性が聖女になるのが不思議である。同誌の同人は教員の経験者が多いのか、前田暁「対抗心」もそうだが、エッセイ7編のうち橋倉久美子「神戸・大阪修学旅行記」などから学校という世界の内情を教わった。
 『双鷲』76号の稲垣瑞雄「三つの掌編」の「鯖」「鼬」「烟」は、それぞれ独立しているが、寂しさとユーモアが通底しており、特に「鯖」に惹かれた。楢信子「臼杵への道程――野上彌生子への手紙」は野上夫妻の文に水を得た魚のように勇躍した連載が続く。
 『あるてみす』8号はカルチャー教室の20年間の産物で小説7編はみな年季が入っていて読み応えがあったが、このうちの一編を公開する決断をつけかねて7年以上経たという小城ゆり子「白い壁」は、精神病院での自らの受苦体験を素直で平明、正確に綴ったもので、病院という機構が患者から搾取する様が自然に明かされていて感動した。
 『残党』33号は4人の同人の小説とエッセイであり、何年か前、本欄でこの4人は作者名を誤記しても構わないと書いたが、その非礼を詫びずに済むほど皆破天荒で面白い。古稀前後で生き残り競争中の4人に謝々しつつ。
 『文芸シャトル』72号は清水信の防災講義、東日本大震災のエッセイ特集、西尾典祐著『城山三郎伝』の書評4編であるが、巻末の瀬川純平「オーディオ・ドラマ 二十年目の和解」に惹かれた。これは下町の工場に強いられるコスト低減との闘いと、娘の婚約者の親が仇敵という状況から団円に至る主人公の零細企業の社長の心の揺れに身をつまされた。
 『流氷群』54号の井上嘉明「尾崎翠と高橋丈雄の周辺」は、「『第七官界彷徨』のナマ原稿を最初に読んだのは、多分僕であろう」と言った高橋丈雄と尾崎翠が知り合ったのは昭和五年後半のこと。高橋は二十四歳、翠は十歳年上の三十四歳だった。「雑誌『文学党員』発刊の話が高橋や尾崎士郎、保高徳蔵、神山潤、宮本顕治などの間で持ち上がり、翠も加えてもらった」で始まり、十和田操や林芙美子らとの関係から晩年に至るまでの翠と高橋の姿と業績を詳らかにしており、今回最重要の労作。
 次に今回は記念号特集が多いが、号数と頁数だけを紹介する。『南風』30号(164頁)、『たね』40号(椎名麟三生誕100年記念、86頁)、『季刊作家』75号(創刊20周年記念号、236頁、小説10編、エッセイ25編)、『安藝文學』(80号、351頁、小説10編、エッセイ11編)――このなかでは中島妙子「『万葉集』異聞」と石田耕治「井伏先生という人」、望月雅子「画家・青木繁(三)」のエッセイが面白かった。『詩と眞實』750号記念特集号(311頁、小説33編、エッセイ12編、詩20編)。
 珍しいものでは『口語俳句』2011年憂愁号(何号かは不明)があり、松本和也が「私の中の坂東鶴蔵」や「浅草六区の変遷」などを縦横に書いている(「六区は日本のロマンだった」特集その他)。
 最後に追悼文を。『風』13号の千田一郎「詩人柴田基孝を偲ぶ」には感服した。これは千田が福岡銀行審査部の上司として初めて柴田に会った昭和48年夏から柴田が74歳で亡くなる2003年7月までの丸30年間の思い出を、貰った賀状や著書を総浚いして柴田の作品(主に詩)と実生活を描き、「シュルレアリスムの星と称えられて然るべき稀有な詩人というべきであろう」と結ぶ。
 『作文』202集は渡辺利喜子「松原一枝さんを偲ぶ」と西原和海「哈爾濱時代の佐々木和子さん」、秋原勝二「この魔の半とし」。
 『新現実』110号(通巻)は〈編集後記〉欄で石毛春人が山岸勇(五月一日死去)を悼む。
 『街道』18号は木下径子「紅野敏郎氏に捧げる」の「遺影に氏の最後の年の骸骨のように痩せられた姿を大きく飾られて、わたしは呆気に取られた」に感動した。
 これは追悼文ではないが、『騒』87号の巻末の黒川洋「古川賢一郎編著『砂に咲く花』がでた」は古川賢一郎(1903~1955年10月)の文芸歴と本の構成を、短いながらも詳しく紹介したもので貴重。
(敬称略)
(編集者)







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