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評者◆志村有弘
読み応えのある歴史・時代小説――津木林洋の力作歴史小説「画道遥かなり」(せる)、陰謀の渦に巻き込まれた男を描く本興寺更の時代小説「狙撃」(文芸中部)
No.3045 ・ 2012年01月14日




 今回は、歴史・時代小説の幾篇かに注目。
 津木林洋の絵師田中訥言を描いた長篇「画道遥かなり」(「せる」第88号)が文句なしの力作。訥言十七歳の時から起筆し、円山応挙に対する嫉妬と反発をからめ、画道に生きた男の生涯を描く。絵のために妻子とも別れ、心中した娼妓への悲しい思いも綴られる。最期は舌を噛んでの自害。写楽、文兆、北斎、頼山陽など江戸期の画人・文人たちが総登場し、さながら江戸画人・文人絵巻という感。文章も見事。
 本興寺更の時代小説「狙撃」(「文芸中部」第88号)は、真相を知らずに藩主交代の陰謀に荷担させられた男の仕返し譚。無実の罪で国を追われる家老。狙撃を命じられた男も国から出奔しなければならなかった。最後に自分を騙した新藩主を狙撃するのだが、おそらく男も無事ではおられまい。善人は陥れられ、下っ端の者は使い捨てにされる悲劇で、内容は暗く重い。平易な文体に好感を抱いた。
 大塚滋の「子虫の犯罪」(「文学雑誌」第87号)は、『続日本紀』に取材して、大伴子虫の長屋王謀反を誣告した中臣東人殺害事件を描く。長屋王から恩恵を受けた子虫が、東人の策略を運よくかわし、結果として王の怨みをはらすことになる。重厚な文体で一個の好ましい歴史小説をつくり得ている。
 山本直哉の「累ヶ淵」(「出現」第3号)は、『死霊解脱物語聞書』などを資料として構成した長野と茨城を舞台とする現代憑霊譚。江戸時代、茨城県鬼怒川河畔で累を殺した夫の霊が少年に取り憑くのだが、その除霊の結果までは記されていない。少年が書いていた、言葉の連鎖で展開する社会・世相批判を込めた雑記が圧巻。
 佐伯晋の「三つの髑髏の物語 historia calvariarum trium」(「あるかいど」第45号)は、偵察中に狙撃された少年兵、小児結核で死んだ幼児、打ち壊しをして処刑された江戸時代の農民の髑髏にまつわる話。三つの髑髏は一様に哀れな最期を遂げているけれど、それぞれ心優しく、散文詩を思わせる文体で展開する好短篇。
 堀坂伊勢子の「赤本二題」(「文宴」第116号)の第一話「泣かんとええよ」は娘の病気(チブス?)、第二話「恐くて優しい菌」は夫の肺結核に周章狼狽するさき江の姿を描く。両話とも月刊婦人雑誌の付録・家庭看護冊子「赤本」のおかげで危機を乗り越える話。ストーリーの起伏にやや欠けるものの、戦時中から戦後の家庭の状況を再見する思い。
 坂井真弥の「針鼠」(「文藝軌道」第15号)は哲学・心理小説とでも称すべき、〈反復〉をテーマとした、風変わりな小説。前後して登場する男女ふたりの謎に満ちた姿が奇妙に心に残る。
 個人誌では川高保秀の「呼」第2号掲載「檻の島」が力作。舞台は数百年前に海底に沈んだ島。農作・抗争などを折り込みながら、物語を展開。作者の豊かな想像力に敬服。
 エッセイが充実していた。「野田文学」第51号が「宗谷真爾没後20年」特集。とりわけ須賀田省一の「宗谷真爾文学概要」・「全作品・略年譜」は、名作『王朝妖狐譚』の作者宗谷真爾の履歴と文学を知る労作。「カプリチオ」第36号が「いまだからこそ再会したい夏目漱石」を特集し、鈴木重生の「漱石の「不愉快」」、草原克芳の「地下生活者としての夏目漱石」など、示唆に富む論考八篇を掲載。中でも、草原の〈心理実験的人物像〉という指摘に興味惹かれる。
 「文芸静岡」第81号に入野早代子の「私の中城ふみ子」、広田庸子の「私の岸上大作」が掲載されている。早世した中城、岸上はその生きざまだけでなく、歌人としても注目され続けてきた。入野は中城を「コケティシュでわがままで少々意地悪でとてもお洒落で恋多き少女の面影」と言い、広田は岸上を「煌めく瞬間を闇にばら撒いたような岸上の歌と生き方」と述べる。短文だが、それぞれ鋭く巧みにまとめている。中城といえば、佐方三千枝の「中城ふみ子が学んだ橘千蔭『万葉集略解』」(「綱手」第281号)は、ふみ子が帯広の古書店で『万葉集略解』を求めていたことなどを指摘。
 短歌では、崎井寛の「病床漫録」四十九首(「韻」第20号)が悲痛。「連休に墓参をすますおそらくはこれが最後と墓石をあらふ」・「墓守の息子をらざりたちまちに無縁仏とならむもせんなき」という歌。四十九首の一首一首に歌人の静かな諦念が滲み出て読む者の肺腑を抉る。「火の群れ」第120号掲載、穂積生萩の「健介はからだ小さきが力ありて 投獄されても おじず物書く」という赤木健介に思いを馳せた歌が心に残る。なお、このたび、「火の群れ」に短歌雑誌連盟賞が授与された。
 雑誌「青遠」が第127号で終刊となった。同人諸氏の今後のご活躍をお祈りする。「文芸静岡」が高部雅堂・白鳥幸男・佐野久男の追悼号。ご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家・八洲学園大学客員教授)







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