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評者◆添田馨
言語野における復興――言説における“震災後の風景”そのものである「人と詩論の原初的展望」(岸田将幸)
No.3044 ・ 2012年01月01日




 震災は、私たちの日常のただ中に、異様で破壊的な非日常が暴力的に侵入してきた突然の体験だった。3・11の津波の映像は、その意味で極めて象徴的だった。住宅や車を呑みこんで、大地のうえをのたうちながら這い進む大量の黒い水の映像は、震災が私たちの心的な領域を侵食していく有様の不気味な暗喩そのものをも構成していたと言ってよい。
 震災は、私たちの言葉の地層にも破壊的な衝撃をもたらした。震災後の言葉について、批評はとりわけ敏感でなければならないと思う。そして「生命の回廊」(vol3)掲載の岸田将幸「人と詩論の原初的展望」は、私には典型的な震災後の言葉と映った。この極めて難解な論考は、マルクス資本論やハイデッガー存在論の語彙を用いて語られた、詩論というよりも言説における“震災後の光景”そのものである。「意味を発生させるもの、それは絶対的にたましひである。」――錯綜する概念語の石積みが崩れて、その裂け目から「たましひ」というような非=概念語(あるいは死語)が唐突に現れ出るさまは、言語野における地殻破壊後の光景、ひび割れた論理脈の断層が痛々しく露出したままの思想の光景というに相応しい。その背景には、恐らく現在までのわが国の戦後詩論の累層した土壌が、震災体験を経ることで一気に液状化を起こし、それ以前からの批評的言説の延長上では、もはや何事も語れなくなってしまったという、切迫した動機が横たわっている。
 抒情ということを岸田は、人それぞれが自らの「心的な土壌を曝す」ことだと断言する。彼が「土地」の比喩をもって詩の言葉の根底を必死に志向している姿は、私にはとても偶然とは思えない。さらには「土地を曝す、という過程ではなく、土地そのものが言葉を発する」ような「瞬間の発語」を考えなければならないとまで、彼は言う。とにかく何もかもが変わってしまった。それも突然に。言語野における復興は、その方途を破壊された大地性のうえに根付かせていくしかないということだけは、唯一確かなように思われる。
(詩人・批評家)







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