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評者◆徐勝
韓国政治――疎通の不在と若者の怒り、無党派層の突出 ソウル市長選挙から「2013年体制」へ
No.3042 ・ 2011年12月17日




 10月23日の韓国ソウル市長補欠選挙で、野党系無所属統一候補の朴元淳氏が、与党ハンナラ党の羅卿 候補に圧勝したことは、韓国の政治の今後を占う大きな事件であった。今回の選挙の本質は羅卿 対朴元淳の闘いではなく、李明博大統領とハンナラ党に対する審判である。ソウル市長選は、来年4月の国会議員選挙、12月の大統領選を控え、韓国の民主化の再生を決定づける分水嶺であり、韓国では「政治の季節」を迎えている。
 韓国民衆は1945年解放後、長い独裁政権の時代に血と涙で民主化闘争を闘いぬき、アジアで稀有な民主化を遂げたものと思われていた。ところが、10年間の金大中・盧武鉉改革政権時代を経て、2008年、李明博大統領が執権して以来、韓国国民は大逆転に苦しんでいる。現代建設社長時代から「ブルドーザー」の異名を取った、トップダウンの強引な李大統領の政治手法が批判されてきた。また没落する新自由主義経済の尻尾にしがみつき、一昔前の土建屋型の開発経済の強行や側近以外を信じず、政敵を執拗に迫害する姑息な手法など、時代錯誤的な李明博政権の4年で韓国は息苦しい圧迫感に押しひしがれてきた。
 李明博政権の代表的公約は「747公約」である。年7%経済成長、GDP4万ドル、世界7大経済大国を実現するというものだが、「金持ちになれる」という公約に幻惑された韓国民衆の夢は無残に打ち砕かれた。李大統領は1960~70年代のGDP信仰にしがみつき、土木工事に血道を上げ、4大河川政策で莫大な土木費用を蕩尽し、環境破壊だけをもたらした。その中で、社会的格差は拡大し、いわゆる2040世代(20、30、40代)は挫折に打ちひしがれた。このような状況の中で、国民の情緒は「経済成長」から「福祉」へと大きく舵を切った。
 李明博の後継者と目されていた呉世勲前ソウル市長は、野党系のソウル市教育監(長)と野党多数のソウル市議会が進めた義務教育における無償給食案を「福祉ポピュリズム」と非難し、それに反対する住民投票を行う賭けに打って出た。しかし8月24日の開票で、成立の要件である3分の1の得票を得られず、住民投票は流れてしまい、呉市長は辞任に追い込まれた。
 それを受けたソウル市長選の結果は、韓国政治の根本構造を揺るがすものとなった。与野の既存政党が支持を失い、無党派層の発言力が急増した。与党は敗北し、野党民主党は統一候補選出過程で無所属の候補に負ける屈辱を喫した。
 この選挙に大きな影響を与えたのは、企業家であり研究者である新人・無党派の安哲秀ソウル大学融合科学技術大学院長である。彼は浄土会の法輪法師の主導する「青春コンサート」を通じて新世代の政治リーダーとして急浮上し、市長選では「ハンナラ党への制裁」を訴え、一躍、最有力候補になったが、立候補を撤回し朴元淳氏の支持に回り朴氏当選に決定的な貢献をした。現在、世論調査では、これまで不動の最有力候補であった朴正ヒ元大統領の娘、朴槿恵氏を15%も引き離し、次期大統領選挙の最有力候補として浮上した。
 法輪法師は、従来、「平和と統一」を信条とする仏教宗団「浄土会」、人道支援団体「平和財団」を組織し、対北朝鮮人道支援に大きな力を注いできた。ところが、冷戦回帰的な李明博政権は、民間の人道支援をも含め、対北朝鮮交流・支援を一切遮断する挙に出たために、事業は難関に逢着した。そこで「政治を変えなければ人道支援も行えない」ことを痛感し、若者を対象に音楽を交えた若いリーダーたちのトークショーである「青春コンサート」で全国を巡回し、無党派層を中心に新しいリーダーをデビューさせてきた。李明博政権の全方位的迫害は、一時期、「政治に関わらない」と表明していた法輪法師をはじめとする多くの人々を憤怒、覚醒させ、政治に参加させ、反李明博政権の勢力を増大させてきた。安哲秀氏しかり、朴元淳氏しかり、野党勢力結集の求心点である文在寅「盧武鉉財団」理事長しかりである。また、徹底的な査察を受け二度まで起訴され無罪を勝ち取った韓明淑前国務総理は「政権交代のためにはいかなる犠牲も支払う」と公言し、野党勢力の結集のためにまい進している。李明博政権は絶え間なく、敵を作り、敵を増産してきたと言えよう。
 次に、若い世代の怒りである。ソウル市長選では、20代が70%、30代が75%、40代が66%ほどの圧倒的支持をし、朴候補の当選を決定づけた。李明博政権の金持ちの立場に立った新自由主義政策の中で20代は高い失業率に悩み、30代サラリーマンは家賃の高騰で苦しみ、40代はリストラを恐れる構造の中で挫折感を深めてきた。その上、資格試験とアチーブメント競争に駆り立てられて、個人主義に走り、社会的使命を忘れて萎縮していた大学生たちは、学費を半額にするとの与党の公約の履行を要求して、競争システムの中で個人的な上昇指向は結局、自らの立地を狭めるだけであることに気づきはじめ、激しい政権批判勢力へと変貌しつつある。ソウル市長選では、ソウル大学生は、美貌と富を兼ね備え、ソウル法科大学を出て、司法試験に合格し、判事を経て国会議員になった羅卿 候補を自らのロールモデルとして支持したと言われているが、そのようなソウル大学生を育ててきた教育制度に厳しい批判の目が向けられはじめている。
 一部特権勢力に依って立つ李明博・ハンナラ党政権の不正腐敗体質に対する批判・風刺・嘲弄が韓国社会を風靡している。いわゆる朝中東(朝鮮日報、中央日報、東亜日報)巨大新聞に依拠し、テレビ媒体を強引に掌握した李明博政権も結局、民の耳目を閉ざし、口を塞ぐことができないことが明らかになってきた。代表的保守メディアである朝鮮日報ですら、ソウル市長選惨敗を受けて、大統領の「古い時代感覚」「聞く耳を待たぬ難聴症状」を激しく非難する論説を掲載した。
 歴史は前進と後退を繰り返しているように思える。後退した韓国の民主化は、またその勢いを回復しているが、また後退するのではないかという憂慮もありうる。しかし、韓国では李明博政権4年間の苦い経験を肥やしに民主主義をもう一段階グレードアップさせようとしている。つまり、保守政権に対する批判のみならず、李明博政権の登場を通じて、金大中・盧武鉉政権の失政に対する骨肉を徹する反省を経験した。つまり、李明博政権が縷々弁解をしているように、韓米FTA(自由貿易協定)にしても、新自由主義経済にしても、済州島の江汀海軍基地設置問題にしても、改革政権下にレールが引かれたものであるからである。日本のメディアでは、大阪の府知事・市長選とソウル市長選を、既成政党に倦み疲れた無党派層の勝利という共通項で括りたがっているが、韓国では新自由主義に対する苦い経験の上に福祉という価値が力強く台頭しているという決定的な相違がある。韓国では、2012年の政治変動を超えて、従前の金大中・盧武鉉政権への回帰ではなく、金大中・盧武鉉政権に対する反省と批判を含め、より高い民主主義と民族和解・協力を目指した「2013年体制」が提起されているのである。
(ソ・スン 立命館大学法学部特任教授)







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