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評者◆トミヤマユキコ
高山なおみとの楽しい「脳内同棲生活」について
高山ふとんシネマ
高山なおみ
No.3039 ・ 2011年11月26日
▲【たかやま・なおみ】1958年、静岡県生まれ。かつて吉祥寺にあった「諸国空想料理店KuuKuu」のシェフを経て料理家に。ナンプラーや香菜といった素材を取り入れつつも根っこの部分でしっかり「日本のごはん」をキープする料理は個性的で他に類を見ない。レシピ本だけでなく日記、エッセイなども手がけ、文筆家としての高山ファンも多い。夫はスイセイこと発明家の落合郁雄。
高山なおみの日記を書籍化し続けてきた『日々ごはん』(アノニマ・スタジオ)シリーズが12巻で終了すると知ったとき「あーこれはマズいことになったぞ」と思った。 なぜって、愛読者にとって『日々ごはん』を通じて彼女の暮らしを知ることは、12巻(およそ6年)の間にすっかり「あたりまえ」のことになっていたから。 日曜夜の『ちびまる子ちゃん』と『サザエさん』をこよなく愛しているということ、腹の下し具合や生理痛も包み隠さず報告するタイプだということ、たっぷり眠り、しばしば寝坊するということ。 料理とは無関係なようでいて実は料理と相似形を描くシンプルかつ正直な暮らしぶりを詳しく知るにつれ、まるで同棲でもしているかのような気分に陥っていたのはわたしだけじゃないハズ。 それなのに幸福な同棲生活は終わりを告げてしまった。もっともっと高山と一緒に生きていきたかったのに! って、この感覚、恋愛だったら絶対マズいよね。明らかにストーカー予備軍だもの。しかし、それほどに彼女との「脳内同棲生活」は楽しかったのである。 高山の魅力、それは「一匹狼」感に尽きる。彼女には家族がいるし仲間にも恵まれているけれど、群れている感じが一切しないのだ。彼女はただただ「料理を作る女」であり続けている。そしてこれは極めて希有なことと言っていい。 だって、これまで実に多くの女性料理研究家が良妻賢母のイメージをまとい、お父さんの健康のため、あるいは子どもの成長のためにごはんを作ってきたのだから。単に美味しい料理が作りたくてレシピ本を買うわたしのような女にとって、良妻賢母アピールはまるで興味が持てない宗教の勧誘だ――さあ、あなたも「お母さん」へと回収されましょう。えー、いやだよ。 そんな風に思ってきたからこそ、母・妻・娘、いずれの役割をも周到に遠ざけ、料理に集中する高山は本当に輝いて見えた。彼女と料理だけがそこにあるような世界観にシビれた。惚れざるを得ないかっこよさがそこにあったのだ。 さらに、料理家でありながら、外食もすれば惣菜も買うし、料理をしないこともあるという事実をサラリと書けてしまうあたりもかっこいい。24時間365日料理ラブ! みたいな料理研究家集団とは距離を取り、我が道をいく一匹狼。それが高山なのである。 一匹狼・高山の仲間はやはりいずれも一匹狼だ。「私の周りにいる敬愛する人々」として『たべるしゃべる』(情報センター出版局)に登場するのは、永積タカシ(ミュージシャン)、川内倫子(写真家)、いしいしんじ(作家)など。「群れてる感」が全くない彼らと高山が接近遭遇し、互いの独創性を通じて緩やかな紐帯を維持しながら共鳴しあう様子には、うらやましさでため息が出る。 そして「料理をする女」高山なおみにとって、忘れてはいけないのは、夫であるスイセイの存在だ。 「みいは、普遍的に料理がうまいわけじゃなくて、レストランの人が、お客さんに出す料理が上手みたいに、雑誌とか本に載せる料理が得意ってことじゃと思う。だって、みいなんかよりもっと料理が上手な人は、ごろごろおるじゃろう?」 広島弁による辛口コメントは、高山を良妻賢母イメージという「落とし穴」から遠ざけるお守りのような役目を果たしている。彼女がどれほど有名な料理家になろうと、あくまで「みい」という名の女として遇し続けるスイセイは「料理をする女」高山なおみにとって必要不可欠なスパイスに違いない。 高山は今日もスイセイと楽しくお喋りしているだろうか。日曜日には『まる子』を観ているだろうか。またうっかり寝過ごしちゃいないだろうか。嗚呼、とても気になる。『日々ごはん』終了による禁断症状はしばらく鎮まりそうにないが、最新刊でも読んでなんとかなだめるしかない。 そんな気分で『高山ふとんシネマ』(幻冬舎)を読み始めたものの、東日本大震災の混乱のさなかに書かれた「おわりに」を読んで、意識が変わった。「ふたつ先の季節を想いながら、タイムカプセルにはめこまれた窓から眺めるように、ベランダの空を仰いで祈ります」そこには混乱を受け入れつつ「未来」に向けて動き出そうとする高山の思考が確かに息づいており、そのことが分かった瞬間『日々ごはん』という「過去」に執着していることが、なんだか、少し、恥ずかしくなったのだ。 『日々ごはん』も「脳内同棲生活」も終わってしまった。しかしそれでも日々は続く。高山が未来の食卓へ注ぐまなざしを感じながら、わたしも自分自身をアップデートする必要があるのかも知れない。 (@tomicatomica)ライター |
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