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評者◆内堀弘
古本とカレーの街――仮名垣魯文と岡本半渓の料理本
No.3039 ・ 2011年11月26日




某月某日。十一月のはじめ、東京古書会館の地下のホールで「神保町カレー愛バトル」なるイベントが開かれた。この秋、FMの東京トレンド情報のようなところで「古本とカレーの街神保町」というフレーズをよく聴いたものだ。神保町には百軒を越えるカレー屋があるそうだ。そんなにカレー屋があってどうするのと思わないでもないが、古本屋も百五十軒以上あるのだから、この小さな街はカレーと古本でひしめき合っていることになる。
 その日の入札会で、私は明治の料理本を何冊か落札した。なかにあった『西洋料理通』(全3冊・明治5年)は仮名垣魯文によるもので、西洋料理書としては極初期のものだ。
 魯文は幕末の戯作者だが、時代の変わり目に旺盛な好奇心を発揮した一人だ。『西洋料理通』も百十種類のレシピ本で、この中に「コリードビーフ」、つまりカレーの作り方が紹介されている。玉葱を投入してじっくり炒め、そこに「カレー粉」を加えるとあるが、この「カレー粉」が何なのかの説明はない。なるほど、この本はとてもジャーナリスティックだが、実用書ではなかったようだ。
 もう一冊、『和洋菓子製法独案内』(明治22年)は岡本半渓著とあって、これは後で調べて分かったのだが、『半七捕物帖』で知られる岡本綺堂の実父とある。といっても、菓子職人だったのではない。『保安条令後日之夢』(明治21年)という政治小説を書いたかと思うと、『毛糸あみ物独案内』(明治21年)や琴の弾き方や菓子の作り方の本を出していて、通人や趣味人のようにも見えるが、この人は元々彰義隊に参加した旧幕臣だった。新政府が唱える「がんばろう日本」みたいなものに寄り添わない生き方を保ったのだろう。
 落札した古本をあれこれ調べたり、空想したり、修繕したりしている時間、これが古本屋の至福だ。
 ところで、この時期の本は活版印刷の黎明期のものだ。いつ頃までだったろうか。神保町も露地に入ると小さな印刷屋さんがそこここにあって、洗った活字を道端で乾かしていたものだ。フォークリフトが紙を運び、印刷機の音がいつも聞こえていた。古本を探しながら、そんな中を歩いていたのも、思えば至福だったのだ。
(古書店主)







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