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評者◆たかとう匡子
圧倒的な現実の前で書くということ――間接体験として災害を考える「着信あり、東日本大変」(ゆとろ満、『琅』)の作品としての誠実さ、「鹿ヶ城」(近江静雄、『仙台文学』)の前景と後景の使い分けに作品化の手本をみる
No.3037 ・ 2011年11月12日




 東日本大震災から七ヵ月経って、今月届いた百冊を越えるほとんどの雑誌に地震をテーマにした作品が載っている。私は神戸にいてあの大震災を体験し、その時は日が経つにつれてだんだん言葉が出なくなるという経験をした。つまり、私の力をはるかにこえる圧倒的な現実を前にして、私自身ただ縮こまるしか仕方がないという経験をし、今も生々しく心の中がうずいている。この点、この地震ラッシュのような作品群のありようをこういう形でいいのだろうかと、一面ではいぶかしく思わざるをえない。もちろん、日本国じゅうにどれほど大きな衝撃を与えたかをこの事実は物語っているともいえそうだが、それでもなぜなぜと一度は首をかしげたくなる。そして今回の災害に関して言うなら、私はそこにいて被害を受けた原体験者ではない。映像やニュースなどで知った追体験に近いともいえるが、今回はそこをかみしめて、こういったことを前提に書いていきたい。
 「琅」第24号(琅の会)の、ゆとろ満「着信あり、東日本大変」は主人公がフィリピン・マクタン島ラプラプ市ブーヨンのダイビングショップで日本でのお客獲得の宣伝方法についての話し合いをしている最中に、家族や知人から立て続けに入ってくる震災メールの着信や電話というふうに間接体験として災害を考える。その分逆にリアリティを感じ、作品としての誠実さも感じた。
 「仙台文学」第78号(仙台文学の会)の近江静雄「鹿ヶ城」は地震のあとの津波で二十日後に遺体でみつかった伯母の死を語る。伯母の死は作者にとっては最大の身近な現実であり、こちらは重たい原体験の世界となる。そこを一元的に、情念的に書くのではなく、主人公が五月の連休を利用して佐沼城(別名鹿ヶ城)址めぐりをするというフィクションを入れて、ワンクッション置いて、生前格別目をかけてもらった伯母の非業の死を語る。遠近法にたとえれば、鹿ヶ城にまつわる歴史時間の挿話を前面に、伯母の死は背景にという方法で、なるほど作品化するとはこうあるべきだと納得した。
 「この場所ici」第5号(この場所iciの会)の三田洋「鈴と小鳥とそれから私――大震災後と金子みすゞ」は震災直後に民間の広告ネットワークが繰り返し流したCMに金子みすゞの詩が使われていたが、そこをモチーフにしての評論。金子みすゞの詩が、葉っぱや木、花、魚、蝉、舟、石、山、海、月、夕日、風、波、秋、お墓、硝子などを主人公にしているとして「人間存在と大自然とは繋がりあい、すべては共にあるがままにある。その世界認識を共有しつつ大震災をそのまま享受する。それが震災後を健気に生きる私たちのあり方なのだろう」という。こういう触発のされ方はいい。現実に起こったことを直接には書けないから、自分のなかに沈黙の領域を置いて、そのうえで金子みすゞを組み立てたともいえよう。
 「文人」第54号(文人の会)の平出洸「与謝野晶子と関東大震災」は与謝野晶子がどのような心境で関東大震災に直面したか、そしてどのようにその痛手を克服したかについて書いている。森鴎外の死、有島武郎の死、関東大震災に遭遇して詠んだ短歌や、震災後の晶子の仕事など、丁寧な論評。たしかに、生々しいからといって、単純に時事風にとらえるのではなく、離して書くことも大事で、時代を隔てた百年近くも昔の話などへと振り返っていく態度も大事にしたいと私は思う。
 今月、力作として注目したのは「孤愁」第9号の豊田一郎「屋根裏の鼠」だった。3・11以後だけでなくこの列島に住まいする私たちにとっては、地震だけではなく、もっとたくさんの災害の中にいる。これを書いたのは3・11以前だったそうだが、はからずもそこを予見させることになった。人間が生きるとはどういうことかを考えさせる。感心しながら読んだ。おおいに勉強させてもらった。
 エッセイでは「船団」第90号(船団の会)の木村和也「美しい花を咲かせるには」は今度の震災の体験で私たちが変わらないとすれば精神が頑迷だからではないかと問い、「LOTUS」第20号、(LOTUSの会)の志賀康「大震災のこと」はあの日以来、俳句について、もうなまぬるい句は作れないなどとあって興味深かった。
 最後に詩を一篇。「流」第35号(宮前詩の会)麻生直子「残骸」は終連で「日付も頭数も数値も/わたしのことばではない/ことばの残骸を徘徊しながら/鳥よ 腐ったわたしの腸ヲ喰イ破レ」とうたう。災害を時事的に書くのではなく、追体験的に書いているのが印象に残った。
 それにしても、今月は東日本大震災の衝撃の深さがひしひしと伝わって、よい経験をさせてもらったと思う。
(詩人)







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