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評者◆別役実
吉祥寺
No.3036 ・ 2011年11月05日




 吉祥寺のいいところは、中央線で新宿と、井の頭線で渋谷とつながっている点であり、しかも、ほどよく離れている点である。どうしてつながっているのがいいのか、その上ほどよく離れているのがいいのかは、よくわからない。しかし、このつながり具合と離れ具合によって、それぞれが「盛り場」として意識し合い、刺激し合っているのは事実であろう。
 ところでこの三点の「盛り場」の関係であるが、新宿でひとしきり遊んだものが、「じゃあ、ちょっと吉祥寺へ流れてみようか」ということはよくあるし、渋谷で遊んだものが吉祥寺へ流れることもあり得るが、新宿から渋谷へ、もしくは渋谷から新宿へは、あまり移動しない。これは恐らく居住地の問題であろう。新宿でよく遊ぶものは、中央線沿線に住んでいるのであり、吉祥寺は「帰り道」なのである。そして渋谷でよく遊ぶものは、井の頭線沿線に住んでいるのであり、吉祥寺もその方向にあるのだ。
 というわけで吉祥寺には、新宿や渋谷とはちょっと違うニュアンスがある、と言っていいだろう。居住地に近いのであり、遅くなって家路を辿る亭主が感じとるような生活感も、漂わせているのである。もしかしたら吉祥寺というのは、新宿や渋谷で遊んだものの、はしご酒の最後、「ちょいともう一杯」というための街、と言えるかもしれない。
 昔、都を離れ、「ここより辺境」という場所に「歌枕の地」というのが設定され、旅人はそこで都を振り返って歌をよんだと言われているが、吉祥寺はそれに当たる。もう後は家路を辿るばかりなのであり、そこで立ち止まって、それまではしゃいできた新宿や渋谷のことを、ひとしきり思い出すのである。それにふさわしく、吉祥寺というのはちょうど東京二十三区を、はずれたところにあるのだ。
 こうした立地条件によるものかどうか知らないが、私も吉祥寺とはよく肌が合い、よく出掛ける。私の場合は、井の頭線の西永福に住んでおり、そこで電車に乗るのであるが、ホームに立って、渋谷行きが先に来た場合にはそれに、吉祥寺行きが先に来た場合はそれに乗ることにしているので、出掛ける場合の五〇%は吉祥寺に行き着くことになる。喫茶店で仕事をするために出掛けることが多いので、どちらにもそれらしい店があるから、どちらへ向ってもいいのだ。
 渋谷行きが先に来た場合は、当然それに乗ることになるものの、この時は明大前の駅で、京王線に乗り換えて新宿へ出るか、そのまま乗って渋谷へ出るか、決めなければならない。その可能性を五分とすると、私の渋谷、もしくは新宿へ出る確率は、ほぼ二五%であるから、吉祥寺へ出ることの方が、はるかに多いことになる。
 吉祥寺に着くと、井の頭公園の側に降り、目の前にあるパチンコ屋の二階にある「ルノアール」という喫茶店に入って仕事をする。以前は、吉祥寺の手前の井の頭公園駅で降り、公園内を歩いてその喫茶店へ行ったりしていたのだが、このところ公園内がひどく混んでいて、散歩にならないのと、こちらの体力に自信がなくなり、疲れるのでやめたのである。
 例によって吉祥寺も、従来に比較すると喫茶店の数は減ったものの、他の街ほどではない。「喫茶店は、ハズレの方によく残っている」という説があって、確かにそういう傾向があると私も感じてはいるのだが、吉祥寺は、私の観察では「ハズレ」とは思えないのに、かなり残っているのである。「いや、もしかしたら」と、私はここで考え直した。「吉祥寺には、確かにハズレのニュアンスもあり、同時に時代を先取りしているところもある」ということだろう。
 吉祥寺で有名なのは、北口の一角を占める、かつてのヤミ市のような小商店街である。食料品店や小料理屋が主なのであるが、家内もよくここで買物をする。小さな漬物屋があって、時々私も、「あそこでキューリのヌカ漬けを買ってきて」と頼まれたりする。つまり、最先端のファッションを取り扱っているような、周囲の近代的なビルに囲まれて、この種の「ハズレ地区」もまた、よく保存されているのであり、その点が吉祥寺の吉祥寺らしいところと言えるかもしれない。
 吉祥寺には本屋も多い。私は、そこにどれだけいい喫茶店と、いい本屋があるかによって、街のよしあしを判断することにしているのだが、その点でも吉祥寺は合格点を取れている。大きな本屋も、小さくて特色のある本屋も、古本屋もあって、時々移転はするが廃業はしていないところを見ると、結構いい商売をしているのであろう。
 吉祥寺のいいところをもうひとつ挙げるとすると、前にもちょっと触れたように、井の頭公園という緑地を、すぐ駅近くに抱えこんでいる点であろう。ここには池があって、ボート遊びが出来る。わざわざこんなことを書いたのは、桜の季節にアベックでボートに乗っている図というのが、「出来すぎた絵みたい」に見えてしまうからに他ならない。つまりそれほど、「池のある公園」として典型的なのである。
 もちろん、馬鹿にしてはいけない。ここから三鷹の方に歩くと、思いがけないほど奥行きのあることに気付くし、更に歩くと、例の太宰治の入水自殺をした、玉川上水に行き着くことも出来る。その辺りになると吉祥寺というよりはむしろ三鷹であるが、そういうところにそういう場所があるということは、単なるお散歩にも、何がしかニュアンスを付け加えることになるに違いない。
 デパートがいくつかあったが、今はいくつあるのか、だいぶ減ってしまった。他の街でもそうであるから、全国的な傾向にあるのかもしれないが、吉祥寺の減り方は、やや劇的な感じがする。デパートが似合わない街なのだろう。
 その証拠に、と言っていいかどうかわからないものの、まだ吉祥寺にデパートがいくつかあった時分も、私にはデパートそのものより、デパートの裏通りの印象が強い。「そのどこが面白いんだ」と言われそうであり、その通り、特に「面白い」というわけではないのだが、私は「ははあ、この大きなのが伊勢丹デパートだな」とか、「このものものしいのが近鉄デパートだな」とか思いながら、その飾り気のない背後を、ひっそり通り抜けるのが好きだった。
 そしてその通り、他の街ではいざ知らず、吉祥寺のデパートの裏側には、デパートの華やかさとは対照的な、極端に侘びしい風景が広がっていたような気がする。
 劇場がひとつある。と言うよりは、ここへきてひとつ出来た、と言った方がいいかもしれない。中央線の線路を、少し西荻の方へ引き返したところである。演劇関係者として、街に劇場が、しかも新しく出来ることは常に喜ばしいことであるが、この劇場はまだ何となく、街になじんでいない。
 と言うより、新宿、渋谷、下北沢とある演劇の拠点に対して、張り合うだけの拠点意識が出来ていない、ということだろう。もちろん、出来たばかりであるから、今すぐにそれを要求するのは無理であるかもしれないものの、「ここに演劇的空白があるので、造ってみました」というだけのものになってしまったら、残念と思うのである。
 吉祥寺が、現在の下北沢と同じような「演劇のメッカ」となる可能性は充分にある。しかしそれには、下北沢に本多一夫氏というプロデューサーがいたように、街全体を見わたして、下北沢のように劇場をいくつも造るということには限らないが、街全体に関わるプランを作る必要があるだろう。先日久し振りに井の頭公園を歩いてみたら、音楽家や大道芸人やそれに類する人々が、ずいぶん活躍していた。下地はあるのであり、こうした人々の結集点として劇場が機能することになったら、恐らく大きなうねりとなるに違いない。
 先日通りを歩いていたら、古くから知っていた「ジャズ愛好家」の友人に、ばったり出会った。「古いジャズのレコードを探しに来た」というのである。そして、「この店がいいよ」と、かつて伊勢丹デパートがあった近くの、路地の奥の店を教えてくれた。私は生憎、ジャズは門外漢であったから素通りしてしまったが、吉祥寺というところは、「ジャズ・マニア」には、ちょっとうるさいところらしい。
 「東京砂漠」という言い方がある。言ってみれば、東京全体が次第にうるおいを失い、カラカラに乾きはじめているのである。街を歩いていてもそれを感じるし、そうした環境の中で、我々の「創造力」も失われつつあるような気がしてならない。ただ吉祥寺には、そこが湧水地だからというわけではないのだが、まだ、うるおいが残されているような気がするのである。
 「東京砂漠」という考え方に対して、「標準語」がいけない、という説がある。「標準語」が言葉の肉感を失ったのであり、従ってそれしか使えなくなった東京人が、「創造力」を失った、というわけである。「方言の芝居を」という運動はそこから始まった。
 私は、この傾向は必ずしも荒唐無稽のものとは考えない。我々は方言という「肉声」を取りもどさなくてはならないのである。というわけで、私は、やや無謀であることは承知の上で、「吉祥寺方言」の誕生に期待をしている。そこに集う若ものたちが、そこでしか通用しない方言を使いはじめるのであり、そこから「吉祥寺文化」が生まれるのである。何となく、そうなりそうな気がしないだろうか。
(劇作家)







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