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評者◆小嵐九八郎
なつかしいというより手触りの新鮮さがある――中里和人著『グリム――Signboard Painter』(清流出版、本体二六〇〇円)
No.3034 ・ 2011年10月15日




 美については方向感覚がないというかオンチなのだが、だからこそ好きで憧れてしまう。一瞬で消えてしまう花火の仕掛け人の玉屋について一五〇〇枚の小説を書いて、売れなくて頭を抱えたこともある。
 絵に関していえば、一九六〇年に高校一年だった当時の若者とほぼ同じで、ミレーの『晩鐘』の写生の力をよく解らなかったけど信仰深さがいいと思い、やがてゴッホの力強いタッチと悲劇的結末が結びついて参り、そのうち、ボッティチェルリやアングルのまぶしいヌードとなり、彫刻だが『ミロのヴィーナス』にはもっと感動し、となった。なに、生身の女体を知らなかったので好奇心はそっち系に向いただけかも知れない。その証に、子供もできてそろそろ三十代になる頃に、アンリ・ルソーの素人の眼と技術に居直り、時に森で遊ぶロマンの絵に仰天し、今では国内のルソーの絵を追いかけている。もしかしたら、収税吏ルソーの「絵描きという分業の廃棄」を持つ構えに、当時の我がセクトの思いを重ねたのかも知れない。
 んで、本屋で、おそろしく稚拙で、でも懸命に人に呼びかける絵の表紙があり、魔術にかけられたみたいに買った。ん? 著者というか、絵を選んで写した人は中里和人さんだ。写真家で、闇を写すなんてとんでもない本質に挑戦し、写真集『ULTRA』(日本カメラ社)を出した人だ。タイトルは『グリム』とわけがちいーっと分からないが、サブタイトルは「Signboard Painter」(本体二六〇〇円、清流出版)。
 表紙の看板の絵は作者不詳、「ホテル案内」と説明があるけれど軍服の男と国籍不明の女が並んでいて東京は尾久、ラブホのものだろう。入りたくなりますな。本の中身も、町の看板絵ばかりだ。
 中には、富士山をバックに戦車で、銭湯の変わったあの絵に似た「自衛隊人材募集」の看板、沖縄はコザの赤白青の色も剥げかかった床屋の壁看板と、秋の夜長の酒に嬉しいのである。なつかしいというより手触りの新鮮さがあるのはなんでだろう。選球眼に、降参です。
(作家・歌人)







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