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評者◆内田雅敏
政教分離原則ではなく歴史認識に本質――アジアの隣国すべてと友人になるには、どうすればいいのか
No.3032 ・ 2011年10月01日




7国家と靖國神社の
共同行為
 靖國神社のこうした不法行為は靖國神社単独ではできないものであることに留意すべきである。靖國神社は独自に戦没者の情報を得る能力を有していない。従って日本国家から情報の提供がなければ合祀をなすことはできない。
 日本国家は、この情報の提供は行政としてのサービスの提供であると弁明する。しかし合祀のための資料の提供は単なるサービスといった消極的なものではない。合祀の決定自体は靖國神社がするとしても、資料の提供がなされなければ靖國神社は合祀をすることができない。そして、日本国家は、提供された資料に基づいて靖國神社が合祀することを知ったうえで資料の提供をなしている。このように合祀は日本国家と靖國神社の共同によってなされているのであり、どちらかひとつ欠けてもできない。その意味では日本国家による靖國神社への資料提供は憲法第20条「政教分離原則」に違反するのみならず、原告らに対しては靖國神社と一体となっての合祀という共同不法行為を構成するものである。
 さらに留意すべきことがある。原告らにとって、靖國神社を単に一宗教法人と視ることが困難だということについてである。確かに日本国憲法上、靖國神社は戦前と異なり、国家とは離れた一宗教法人である。しかし、前述したように、国家から「情報提供」の名のもとに過剰な「サービス」を受けており、しばしば政権党により靖國神社国家護持法案が上程され、首相の靖國参拝の是非が論じられ、首相の参拝がなくても多くの国会議員らが集団で参拝し、A級戦犯の合祀以来、天皇の参拝はないものの、天皇の勅使の参拝は途切れることなく行われ、また靖國神社の宮司も「(神社を)国家にお返ししたい」というようなことを堂々と述べたりしているという事実を見逃すわけにはいかない。つまり日本国家と靖國神社の被害者である韓国人の原告らにしてみれば、靖國神社を日本国家と全く無関係な一宗教法人として視ることは日本における法的な点はともかくとして社会的事象としては困難なのである。私達日本人はこのことを理解しなければならない。
8「北東アジア共同の
家」の実現を阻む靖國
問題
 2001年、ドイツ国防軍改革委員会報告書は「ドイツは歴史上初めて隣国すべてが友人となった」と、その冒頭で述べている。「隣国すべてが友人」――究極の安全保障ではないか。様々紆余曲折はありながらも戦後ドイツは真摯に自国の現代史と向き合い、近隣諸国からの信頼を得てきた。1970年12月、ポーランドのワルシャワを訪れた西ドイツ(当時)のブラント首相がナチスの犠牲者の追悼碑に跪いて謝罪し、ポーランドの人々の心を揺さぶったことはよく知られている。灰燼に帰したドレスデン空爆50周年記念式典の演説でヘルツォーク・ドイツ大統領が被害だけでなくドイツの加害責任にも言及していた(せざるを得ない)ことが印象に残っている。今日、欧州において、戦争の可能性はない。EUは経済的な格差などその内部に様々な問題を抱えてはいるが、安全保障の面では完全に成功しており、「欧州共同の家」が成立している。
 アジア太平洋戦争を「アジア解放の戦い」などと、世界で決して通用しない世迷言を述べている靖國神社に首相が参拝していては、「隣国すべてが友人」という関係を作ることはできない。戦後の再出発に際し、「戦争神社」として、本来解体されるべき運命にあったにもかかわらず、日本国憲法の定める「信教の自由」の保障によってかろうじて存続しえた靖國神社が「北東アジア共同の家」の実現を阻む大きな要因の一つとなっている。
 靖國問題は、初め、日本の首相が靖國神社に参拝することが政教分離原則を定めた憲法第20条に違反するかどうかという形で論じられた。そこでは首相の参拝が公人としてのものか、それとも個人としてのものかと、参拝の形式が問題とされた。東條英機らA級戦犯を合祀していることなども問題とされた。しかし、靖國問題の本質はそこにあるのではなく、靖國神社の体する歴史認識にこそある。靖國神社の歴史認識からすればA級戦犯の合祀は当然であり、合祀をやめた瞬間に同神社は靖國神社でなくなる。
 靖國問題の本質は政教分離原則にあるのでなく歴史認識にこそあることを理解すべきである。
 本件裁判の審理の中で原告、そして私たち代理人弁護士らはこの点を繰り返し強調した。裁判所も証拠調べの中で韓国近現代史専攻の朴漢龍大韓民国民族問題研究所研究室長、平和学専攻で在日韓国人の徐勝立命館大学教授(当時)の二人を証人として採用した。法廷で両先生は韓国人にとって靖國神社とは何かということを鑑定証言的に証言した。とりわけ徐勝先生は韓国憲法の前文から説き起こし、そして自分が靖國神社に反対するのは日本が憎いからでなく、日本で生活する外国人として日本を愛し、日本に変わってほしいからだと述べた。裁判所は一体何を聞いていたのだろうか。日本の近・現代史に向き合わず、四半世紀も前の、しかも事例の違う昭和63年最高裁判決にしがみつき、何とか判決の体裁を繕ったに過ぎない。高橋譲裁判長以下3名の裁判官達に忸怩たる思いがあったはずだ。
――つづく
(靖國合祀取消訴訟弁護団/ヤスクニ・キャンドル行動日本事務局長)







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