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評者◆石塚洋介
上海雑感3――8月18日、香港大学に中国共産党のトップが来訪、学生たちが猛反発した理由とは
No.3031 ・ 2011年09月24日




 香港では重大な事件を日づけで命名する習慣がある。天安門事件を忘れるべからずというスローガンは「毋忘六四」、毎年民主化を求める大規模なデモが行われるのは返還記念日にあたる「七一」である。そして今年、「八十八」が奇しくも新たな意味を持つことになった。
 ここで話が飛ぶが、まず中国の大学と国家の関係について話してみたいと思う。中国の大学において、大学のトップや重要なポストを担うのは共産党員である。たとえば、私が在籍する上海の復旦大学新聞学院の学部長は、上海市でも重役を担う党員である。つまりは大学という場の内部に、党や党員がはっきりと位置づけられている。たとえ「研究を進め、国を強くしよう」というような表現で、大学がナショナリズムの中に組み込まれたとしても、中国内地であれば殊更目新しいことではない。もちろん中国の学術界にいる人が、みなべったり現体制支持ということではない。ただ大学という存在自体が、そのような形で国家のなかに存在している、ということである。
 だが、香港では感覚が全く異なる。政府と大学の間に全く癒着がないことはないにしろ、大学は自由であるべしと考えられている。だが、私の第二の母校、香港大学に8月18日激震が走った。その日は開校100周年を祝う式典が行われる日で、多くの来賓が呼ばれていた。なんとその一人に、中国の副首相李克強が含まれていたのである。現職の中国共産党トップが大学を訪れるということに対して、一部の学生は猛烈に反発した。キャンパスにはたくさんの警官が送り込まれ、物々しい雰囲気へと一変し、学生と警官は衝突した。そしてデモをした学生は警察に捕らえられた。
 これがなぜそんなに問題になるのか。1997年に香港がイギリスから中国に返還されるとき、香港の制度は50年間不変、「一国二制度」を維持することが約束された。無論そうはいっても、社会は少しずつ変わってゆく。そんな中で香港の知識人がいちばん恐れるものは何か。それは、言論や思想の自由が脅かされることである。
 こういう文脈において、香港の大学に共産党のトップが現れるということは非常にセンシティブなできごとである。大学という言論や思想の自由が一番守られてしかるべき場が、政治の力によって変質する。実際そうなっていくかは別にして、今回のできごとはそうした懸念を象徴するかのように学生の目には映った。
 フェイスブック上では一枚の写真が物議を醸した。李副首相だけが一人だけ背もたれのある大きな椅子に座り、かつ雛壇の最前列中央に位置し、学長以下はその脇に小ぢんまりと控えているというもので、さながら権力者と家臣といわんばかりだったのである。ユーチューブでは学生や記者に囲まれた徐立之校長が「香港大学はもう香港の大学ではない、中国にある国際大学なのだ」という何とも解せない発言をする一幕が流れ、学生の反感を買った。
 香港の最高学府である香港大学が、政府との強い結びつきを有していることは想像に難くない。したがって今回こうして中央政府高官の香港訪問において、パフォーマンスの場に使われたとしても意外ではない。だが、学生にとってそれは、大学という自由を体現する場に対する挑戦以外のなにものでもなかったのである。
 とある同大学卒業生が今回の事件をうけて、フェイスブック上で文章を発表した。彼は、とにかく「すごいだろう」と思わせるような派手な式典をすることが100周年の意味なのだろうかと切り出し、「記念日とは、過去を振り返り、大学の役割を見直し、不足の部分を反省する機会なのではないか」と辛辣に指摘した。派手なパフォーマンスは国家権力誇示の常套手段であり、それ自体は議論するに値しない。それよりも逆にこの事件によって、学生や知識人の間で大学と政治の関係に対する意識が高まることのほうが重要だ。同窓からは失望、侮辱、恥という声も聞かれたが、「八十八」の重みを胸に刻み、思考の糧にしていきたいものである。
(現代中国写真研究)







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