書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆志村有弘
文芸作品の見事な〈芸〉――富崎喜代美の小説「魔法の鏡」(『九州文學』)の群を抜く面白さ。奥野忠昭の「誰そ彼どき」(『せる』)に見る現代人の病める心と不安定感。
No.3029 ・ 2011年09月10日




 当然のことながら、東日本大震災の悲劇と復興への祈りを吐露した作品が多かった。前回の時評(本紙第3016号)で触れたので、ここでは敢えて紹介しないが、同人誌の大半が震災に関する作品を掲載している。そうした中で、詩誌「コールサック」を母胎とする544頁の大冊『命が危ない 311人詩集――いま共にふみだすために」(コールサック社)は、国難に立ち向かう詩人たちの毅然とした姿を示しているが、震災・津波・原発と命の危険にさらされる恐怖に戦慄を覚える。
 小説では、富崎喜代美の「魔法の鏡」(「九州文學」第537号)が抜群に面白い。主人公(三十五歳の独身女性)は、妹が残していった古いパソコンが起動したことをきっかけに、小説や脚本を書き出す。その女性は人並外れて体が大きく、幼いときから何をしても駄目で建設会社に四年勤めて退職し、菓子を食べながらマンガを読み耽った。そのため十キロ体重が増えた。「どんくさ」く、容貌は鼻ペチャでソバカスだらけ。誰かの恋人でも愛人でも母でもなく、「ナニモノでもない私は」ゲイでもオカマでもいいから誰かそばにいて欲しいと思う。ユーモア溢れる愛すべき女性の物語。富崎喜代美という人は、文芸作品の見事な〈芸〉を示す。同じく「九州文學」同号掲載の見良津珠里子の「コバルトブルーのインスタントタイム」は、とぎすまされた散文詩を思わせる文体で、六十五歳の男と四十四歳の女との刹那的な恋を官能的に描いた力作。
 奥野忠昭の「誰そ彼どき」(「せる」第87号)は、厳しい営業の世界に生きる人間の病める心を鋭く抉る。誰をも信用できず、いつ失脚するかも分からない。戦々兢々の日々を過ごし、自分の行動さえ記憶が曖昧になる。確かに現代社会に生きる我々は、先がよく見えない 〈誰そ彼どき〉に生きている。末尾で主人公が背後に誰かの視線を感じるのは、激しい心の不安を表わしている。
 平維茂の「英霊達の怒り」(「文學街」第287号)は、鈴木房雄(作品の語り手)が靖国神社で出会った犬養毅の亡霊から戦争の無意味さ、英霊たちの悲憤を聞かされる内容。鈴木の父はシベリアに抑留され、帰国して後、世間から色眼鏡で見られたことも示される。戦争の無意味さ、悲劇を痛感。
 松本寧至の「少年行」(「月光」第5号)は、戦中から戦後にかけての群馬県下の中学の思い出を抒情的に記す。東京から疎開してきた友人が殴られた事件にまつわるおのれの悔い。腫れ上がった友の顔を見ながら、何もしなかった悔いである。エッセイ風に書いているのだが、私小説として読むことができる。
 歴史小説では、乾浩の「房総の旋風――忠常蹶起す」(「槇」第34号)に注目。武蔵押領使平忠常(忠恒とも)の乱を描く。この話は『今昔物語集』等に伝えられているが、乾の作品は国衙攻撃の段階で筆を擱き、源頼信に降伏するところまでは書き進めていない。重税に苦しむ農民たちのために立ち上がる忠常の凛々しさ、見事な戦法が印象的だ。長編小説になることを期待したい。
 時代小説では、佐藤駿司の「首切り人形」(「半獣神」第91号)が、三軒の家の親子を惨殺した人形の怪を語る。殺害された者は全て首を切り落とされていた。人形に籠る怨念の由来を説明しないのは怪奇性を一層増すためか。
 「全作家」が八月に同人の寄稿による『全作家短編小説集』の第十巻目を刊行した。また、「文學街」が全国の同人誌に呼びかけ、文庫判の『小・掌篇作品選集』〔6〕を出した。同人誌所属作家に夢を与え、文学熱の高揚という意味で意義深い試みである。
 エッセイでは、森真沙子の「元興寺と呼ばれた鬼」(「谺」第62号)が、元興寺(ガゴゼ)の鬼伝説の背景を考察していて鋭い。ガゴゼなる怪物は「負の磁力を発する異界」から生み出された、とする。島雄の「恋するひじりたち」(「飢餓祭」第35号)は、一遍・踊念仏を軸にしながら西行・一休・芭蕉・良寛・一茶ら「ひじり」たちの恋と性をさぐる。ゆかりの地を訪ねているのも内容に厚みを加えている。
 詩では、比暮寥の「夢ひかり」(「潮流詩派」第226号)が、詩人と共に戦死者の遺族の深い痛みを伝える。詩人は終戦前年の九月五日、ルソン島へ派遣される兵士たちが目の前を通り過ぎてゆくのを見る。歳月が流れ、その戦死した兵士の娘と出会う。幻想的な雰囲気の中に、戦争の悲惨さが重く伝わる。齋藤貢の詩「小高にて」(「歴程」第575号)は、地震・津波・放射線により「日常を一瞬で押し潰」されて「ふるさとを追われ」、小高の村上海岸での「心優しきひと」が姿を消した悲しみを述べ、「明日のひかりは、まだ見えてこない」と結ぶ。小高は、齋藤が言うように、埴谷雄高の父祖や島尾敏雄が眠っている土地である。
 「あふち」第66巻第3号が香田ゆき、「AMAZON」第448号が安西宏隆、「海鳴り」第23号が島田陽子と宗秋月、「遠近」第43号が藤野秀樹、「九州文學」第537号が福島ひとみ、「新現実」第109号が稲葉有、「槇」第34号が中村靖子の追悼号(含訃報)。心からご冥福をお祈りしたい。
(八洲学園大学客員教授)







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約