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評者◆矢部史郎+『来たるべき蜂起』翻訳委員会
3・11後の子どもたちよ、漂流せよ!――海賊の「無責任」において、子どもはどのように育つのだろうか?
No.3029 ・ 2011年09月10日




 福島県中通りでは、子どもの身を案じる親たちが政府・自治体と対峙している。脱原発運動の一部には、闘う姿を英雄視する者もいるだろう。だが、いま必要なのは「英雄」のスペクタクルを演じることではなく、他人に何をいわれようと、子どもを逃がすことである。福島からの避難を受け容れる態勢はすでに各地にできている。親が動けないというならば、すくなくとも子どもだけでもよそにやるべきである。
 矢部自身の「東京砂場プロジェクト」(首都圏の砂場の放射線量の全数調査)からも、関東はすでに低線量被曝地帯であることがわかる。首都圏の巨大な人口こそ、もっとも多くの被曝者を生み出すだろう。しかもその実態は政府に認定されることなく、被曝被害の裾野をつくるだろう。
 だから、逃げられるひとはさっさと逃げてほしい。政府や自治体のグズのために犠牲をはらう必要はない。住民運動なんて面倒くさいことに費やすエネルギーがあるなら脱出してほしい。そして後続の避難民を受け容れる態勢を充実させてほしい。すでに東京都では、保育園の待機児童がゼロになった地域もあるという。この人口の移動は、スペクタクルではない実質をともなった政治を生み出していくはずである。
 柄谷行人によれば、古代アテネに先行するイオニアには、移動を前提とする「イソノミア(無支配)」の思考がみいだされるという(「哲学の起源」『新潮』7月号)。吉見俊哉の『大学とは何か』(岩波新書)も、「表現の自由」のみならず「移動の自由」にねざした大学概念をあらためて練り直そうとしている。あるいは『現代思想』七月号の「海賊」の特集も同じ先触れのあらわれだろう。
 じっさいジョニー・デップは同号のインタヴュー「車椅子になるまでジャック・スパロウを」で、彼の子どもたちは「ジャック・スパロウとともに育った」という。これはハリウッド・セレブの家族談義以上のものとして解釈されるべきである。海賊の「無責任」において、子どもはどのように育つのだろうか? 「海の自由」を生きる海賊への生成(石原俊「Becoming Pirates」同号)や、海女という「領土から領土をすりぬけ、海づたいに生きる女たちの群れ」(松本麻里「海賊「未満」」同号)とともに、どのような新しい政治を思い描くべきなのだろうか?
 いずれにせよ、この四〇年のあいだに、あらゆる制度が装置へとおきかえられていったことをあらためて銘記しておこう。教育や行政や言論や芸術も、かつては自律的にいとなまれる制度でありえた。だが、いまやそれらは資本の支配に組み込まれた他律的な装置にすぎない。制度がつくりだしたのは主体だったが、装置が繁殖させるのは他者(とその他者にたいする立場)である。それゆえ福島大学の学生たちは被曝しながら他者に微笑みかけるのだろうし(「一〇〇〇人の笑顔プロジェクト」)、人口の移動を資本に転化するために、最高裁は賃貸住宅の更新料の有効性を唱える立場をとるのだろう(七月一五日判決)。
 同じことは、六月一一日の東京や七月三一日の大阪での反原発デモにおける「日の丸」をめぐる議論の困憊についてもいえる。立場ないし他者から語りはじめる者たちは、左翼を僭称しようとも、本質は装置に捕獲された右翼とかわるところがない。われわれは他者や立場をリリースするほかないだろうし、ダルデンヌ兄弟の新作『自転車に乗った少年』が端的に告げているように、問われているのは「彷徨する悦び」(ライナー・シュルマン)である。少年と偶然知り合った女性によって、自転車が施設に暮らす少年にとどけられる。女性は立ち去ろうとするが、少年は自転車に乗って女性のまわりを旋回し、新しい家族をつくろうとする。ここにはなぜと問う者もいなければ、他者や立場がはいりこむ余地もない。現勢化しているのは、かつて前田陽一の『家族同盟』(八三年)によぎった彷徨と共謀の悦びにほかならない。
 「東京には空が無い」と智恵子は嘆いたことを想い起こそう。智恵子は福島の出身であり、分裂病の発症は夫の高村光太郎が三陸へ出かけたおりのことだった。その後、光太郎は戦争賛美の詩を書いて若者たちを戦場へと扇動し、最後には原子力に希望を託す。戦後とは智恵子と光太郎の反復だったのか? たしかなのは、いまの東日本に空がないことであり、光太郎が死せる智恵子たちにうたったように「日本はすつかり変わりました」というべきであることだろう。原子力体制は沈んでいく。立場や他者は放置され、われわれの彷徨の悦びにもとづく共謀によって諸装置のサーキュレーションは破壊されるだろう。少年が自転車で旋回する軌跡のなかで出現しているのは、われわれが新しく生きるイソノミアであり、大学であり、そして海賊そのものである。われわれは七夕飾りに「家を出たい」と書いてある短冊を見つけるだろう。子どものころ四六時中うんざりして、車でも燃やしたい気分だったと懐かしく思い出すだろう。この憂愁は現在の恩寵のうちに回復されなければならない。イギリスの暴徒たちは、なぜなどと問うことはないだろう。3・11後の子どもたちよ、漂流せよ!
(海賊研究+『来たるべき蜂起』翻訳委員会)







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