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評者◆内堀弘
特別な一冊が動くとき――本の箱の汚れがそのまま来歴となっている『定本青猫』
No.3028 ・ 2011年09月03日




某月某日。今年も上半期が終わって、印象深い古書はいくつかあるが、痛恨の一冊といえば詩画集『スフィンクス』(昭29)であった。これは瑛九や北川民次ら5名の美術家のオリジナル版画に瀧口修造が詩を寄せたもので、50部が製作された。その中に瑛九が一頁大のオリジナルデッサンを寄せた特別な一冊がある。画家の岡鹿之助旧蔵によるもので、これが入札会に出品されたのだった。「たった一冊」だけの特別なものでも動くときはあって、そこに古本屋として立ち会えたのは幸運だったが、その運を活かすことができず入札では惨敗であった。いつまでたっても、ここ一番に弱い。
 その日、私は福永武彦の著作を何冊か落札した。いずれも岡鹿之助に宛てた署名があって、随筆集『夢のように』(昭49)はその岡鹿之助が装丁をしている。この中に短い随筆で渋谷の中村書店の思い出がある。主人の中村三千夫氏は若くして亡くなったが、多くの詩人たちに愛された好人物だった。福永は、ここで手に入れた一番貴重な本を萩原朔太郎の『定本青猫』(昭11)と書いている。なにしろ、これには室生犀星に宛てた署名が入っていて(すなわち室生犀星旧蔵本だ)、しかも本の背には犀星が自筆で「青猫」と書いているのだ。朔太郎の愛読者だった福永にとって、この「特別な一冊」は宝物であったに違いない。
 ところが、この夏に発行された「扶桑書房古書目録」夏季号に、まさにこの一冊、すなわち室生犀星宛署名入の『定本青猫』が載っていた。こんな一冊でも動くときはある。
 掲載されたカラー写真には犀星自筆の背文字もあったが、私が「いいな」と思ったのはいくらか汚れた箱だった。『定本青猫』そのものはわりと残っている本だ。綺麗な箱に取り替えれば保存状態のいい特別な一冊になる。しかし、そうはしていない。この汚れがこの本の来歴であり、朔太郎・犀星・中村三千夫・福永武彦の手を経てきた、その時間の表れなのだ。
 解説には「中村書店のレッテルが貼られている」と記載がある。もちろん「欠点」を説明しているのではない。これも大切に残してほしいという、次の所蔵者へのメッセージだ。
(古書店主)







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