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評者◆添田馨
「樹羅」について(最終回)――震災の記憶が言葉の世界にもたらした断層そのものをモチーフとする「暮鳥」(瀬尾育生、『現代詩手帖』八月号)
No.3028 ・ 2011年09月03日




 (承前)三月の大震災以降、自分の心の領域に生じた明らかな変節を、“樹羅”という表徴に託して不十分ながらも語ってきた。その間ずっと、私の内面に起こったことは、そのまま現実世界に生起した事態に地続きだという信憑が私にはあった。「震災論」というカテゴリーがあり得るのかどうか、私には俄かには分からない。しかし、多くの人がこの震災を契機に行動を起こし、また切迫する内発性に押し上げられるように言葉を発したのは事実だし、その状況は今も継続している。
 そして、それらを通してはっきりと伝わってくる主調低音は、とにかく世界は一変してしまったのだという、あの取り返しのつかない感じなのである。
 『現代詩手帖』(八月号)掲載の瀬尾育生の詩「暮鳥」は、おそらくこの震災の記憶が言葉の世界にもたらした断層そのものを作品のモチーフにして成り立っている。空間のように見えるのは、じつは時間なのだ。そして詩作品をつなぎとめている時間の流れそのものが、すでに断裂し混濁している。この詩の時制がはたして「二〇一一年」なのか、あるいは「大正七年」なのか、はたまた「百一年前」なのか、多分そのどれでもであり、またそのうちのどれでもないのだ。
 語りはそして、幾重にも交錯する。作中の語り手の一人はこう述べる。「再現映像を私が最初に見たのは二月二十四日の夜である。二回目にそれを見たのは二月二十八日である。私の判断能力の損傷はこのときから始まっている。」――震災は、ここで一体どのような現実を言い当てるものなのだろうか。誤解を恐れずに言うなら、それはこの作品を織りなす語りの根源として、不気味な露出を果たしている種々雑多な存在そのものなのだ。「『がんばろう東北』と書いた小旗が言う。いま『がんばろう東北』と書かれた小旗であることはよいことではないよ。いま私は『がんばろう東北』と書かれた小旗でありつづける元気がないよ。」――詩の言葉がどれも見えない震源域からの不穏な揺れに身をさらすしかない、そんな過酷な時代の到来だけは、誰にも否定できないことのように思う。
(詩人・批評家)







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