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評者◆秋竜山
あこがれの異国の料理、の巻
No.3026 ・ 2011年08月13日




 何年か前。銀座、みゆき通りに面した有名な喫茶店。私は窓際のテーブルで紅茶。外の歩道を歩いている人たちを眺めているだけでたのしい。知っている人が、手をあげて通りぬける。こっちも、「ヤァ」と手をあげる。石井好子さんが、通りぬけた。石井好子さんであることはすぐわかった。生でははじめて。でも、写真などで知っていたから。親しかったら、お互いに手をあげるところだが、そーいうこともない。石井さんは前方をみて、サッソーと歩いていた。私は「アッ!! 石井好子だ!!」と、椅子から腰を浮かせた。あの石井好子さんであった。そして、とっさ的に思ったのは、石井さんとわかった時、外の風景がいっぺんに巴里の空の下に変化してしまったことだった。石井好子さんといえば、シャンソン歌手であるわけだが、私にしてみれば、パリそのものといっていい。パリが歩いているといっていいだろう。だから石井さんの歩いている所は、日本のどこであっても、パリに染めてしまう。石井好子『巴里の空の下オムレツのにおいは流れる』(河出文庫、本体六三〇円)を、書店で見つけた時、あの日のことが頭に浮んだ次第である。〈本書は一九六三年三月に暮しの手帖社から単行本として刊行されたものです。〉と、記されてあるところをみると、かなり古い。それが、二〇一一年発行として書店に並べられた。
 〈戦後まもなく渡ったパリで、下宿先のマダムが作ってくれたバタたっぷりのオムレツ。レビュの仕事仲間と夜食に食べた熱々のグラティネ――一九五〇年代の古きよきフランス暮らしと思い出深い料理の数々を軽やかに歌うように綴った名著が、半世紀を経て待望の文庫化。第11回日本エッセイスト・クラブ賞受賞作。〉(本書裏表紙より)
 本書を読みながら、この文章からの味わいというか料理の味わいも、世の中がまだ戦後が生々しく息づいている頃の時代の味わいでもあるように思えてくる。アメリカとか、フランスとかイギリスとか。遠くにあるパリとか。当時の異国であり、今とは違う。そして、あこがれの異国の料理である。
 〈高級サンドイッチというのは、うすくうすく切った食パンにアスパラガスや卵、ハム、ビーフ、トリなどが入っていて、一きれ一きれ、きれいに紙に包んである。一きれ百円ぐらいして高いのだが、実に味つけがよくて、うすくてデリケートでおいしい。このような店へくるのは主に有閑マダムで、男性の姿はあまりみられない。九割が女のひとだが、それもいかにも金持らしいミンクのコートを着て、しゃれた犬などつれている人種が集まる。しょざいない午後のひとときを、うすいサンドイッチをつまみ、香りの高い紅茶をのんで、おしゃべりに時をすごす。しかし、ふつうの人々はそのような高級喫茶店よりキャフェを利用する。〉(本書より)
 キャフェのサンドイッチときたら、バゲットを三十センチの長さに切り、ブ厚い。と、いう。うすいサンドイッチというけれど、どれくらいのうすさなんだろうか。今、店で売っているサンドイッチとくらべてどーなんだろうか。私はむしょうにうすいサンドイッチを食べたくなった。うすければうすい程、おいしいに違いなかろう。そんな気がしてきた。







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