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評者◆内堀弘
『えびな書店店主の記』のこと――東京郊外の小さな古本屋の懸命な日々の思い出
No.3025 ・ 2011年08月06日




某月某日。神保町の東京堂書店の週間ランキングの一位に『えびな書店店主の記』(蝦名則著、港の人刊)が入っていた。つくづくこの街は「本の街」「本好きの街」だ。
 えびな書店は東京郊外にある、美術書専門で知られる古本屋だ。ここが古書目録『青山二郎全仕事』を出したのは一九八九年のことだった。青山二郎が手がけた装丁本の八割ほどを蒐め、この人の装丁家としての仕事を見渡そうというものだった。物語を編むように出来上がった一冊の古書目録は、古本屋という仕事の面白さを存分に伝えた。
 蝦名さんは美術雑誌の編集者だった。そこが倒産して、食べるために小さな古本屋をはじめる。といっても、あまり地道ではなかった。ときに家中の預貯金をつぎ込んで作品や資料を落札し、古書目録で特集を編む。潰れた雑誌でやり遺した想いもあったに違いない。郊外の小さな古本屋の懸命な日々が続いた。
 あれは一九九四年のことだ。毎年七夕に開かれる古書のオークションで、えびな書店が『日光建築装飾集』という全七冊の江戸期写本を落札したことがある。その額は五百万円を超えるものだった。バブルの余韻があった頃だから、千万、二千万というものも少なくなかったが、それでも、業歴十年ほどの駆け出しに五百万円は大変な額だ。
 これをえびな書店が落札すると、会場から小さな拍手が起きた。業者間のオークションでそんな光景は後にも先にも見たことがない。もちろん、からかいとか冷やかしではなかった。その場を収めるように蝦名さんが起ち上がって頭を下げると、ためらいがちだった拍手は、いっそう大きなものとなった。
 私も、あのとき拍手を送った一人だ。「よく頑張りました」という拍手ではない。駆け出しの懸命な仕事ぶりが誇らしかったのだ。
 『えびな書店店主の記』は鎌倉の小さな書肆から刊行された。大きさもまた文庫本ほどの小さな本だ。その本が、東京堂書店のショーウィンドウでランキング一位になっている。それを見て、私はあのときの拍手が思い出されてならなかった。
(古書店主)







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