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評者◆高橋宏幸
なぜ原発の演劇はなかったのか――東京乾電池『寿歌』をめぐって
No.3024 ・ 2011年07月30日




 「原爆文学」に比例するように、原爆をテーマにした演劇はたくさんある。だが、原発はどうだろうか。直截原発を主題にしたものは、「原爆演劇」に比べると圧倒的に少ない。むろん、今後作られていく可能性は大いにある。しかし、なぜチェルノブイリ原発事故をはじめとして、反原発運動が起こった80年代に、原発の演劇はなかったのか。それを考えることは、演劇が時代の現象としてあったものの、意識的に表象へと介入できなかった限界を示している。
 確かに、80年代演劇のモードの一つには、核戦争後の荒廃した世界を描く作品群があった。鴻上尚史『朝日のような夕日をつれて』、川村毅『ニッポン・ウォーズ』などに代表される、当時若手として台頭してきた世代を中心に描かれたものだ。
 その源流ともいえるのが、北村想が書いた『寿歌』だ。79年末に上演されたこの作品は、その後の核戦争演劇の先駆的な作品となり、「明るい虚無」という言葉を生むきっかけとなった。79年末という時期から、同年3月に起こったアメリカのスリーマイル島の原発事故を想起することはたやすい。北村自身も、これが原発の演劇とは言っていないが、「反核の演劇ではない」と繰り返し述べている。
 そのような震災以後の状況から演劇を考える上で、東京乾電池がアトリエのこけら落し公演の一環として『寿歌』を上演したことは、期せずして時宜を得た作品となった。少なくとも、「いま」の視点で観ることを観客に要請したとはいえる。
 核戦争後の余燼がくすぶる世界を、男女二人の旅芸人の一座に、ヤスオ(ヤソ)と呼ばれる一人の男が加わり、とりとめもない会話をしながら荒廃した町をめぐる。悲惨さを嘆くわけでなく、ましてやその状況に反発して情熱的に生きるのでなく、ただなにもない風景のなかを淡々と旅をする。そして、最後に彼らは放射能の灰と混ざって汚れた雪降る中、エルサレムかモヘンジョ・ダロへ、それぞれの目指す場所へと向かう。
 旅芸人である登場人物の台詞の掛け合いは、戯曲の通り、虚無的なはずされた言葉として、とりたてて笑えるものではない。その空虚にすかされた空間は、確かにかつては意味のない明るさと虚無感を表しただろう。ただし、今回は劇場の外の日常空間に残る震災と福島原発事故の、重い雰囲気と重なり、どこかしっくりこないような歪な舞台の雰囲気の空間が作られた。
 たとえば、街角でくだらない芝居をして、見物人から石を投げられて逃げるシーンでは、執拗に笑いが起こった。それは身内の内輪受けの笑いであったかもしれない。たとえそうだとしても、だからこそ、それは本当に醜悪な笑いに映った。もともと、キリストが、石礫を群集から投げられることを模したシーンなのだろうが、ヤスオが笑い声を受けながら、観客席の背後から飛んでくる石を一身に引き受けることは、だれかをスケープゴートとしなくては、震災や原発の処理が社会として機能しない現状へと想いがめぐる。
 ただし、何をしてもそれら現実世界への呼応ができてしまう分だけ、戯曲に忠実にされた演出は、安易にそのような読み込みをしないように禁欲的であった。
 しかし、戯曲に沿った演出であるからこそ、この戯曲が本来持つ性質が表れたともいえる。核戦争によって荒廃した土地のなかで行われるこの作品は、原発の事故がもたらすものと近似的であるかもしれない。だが、やはり現実に起こっている福島原発の事故と比べてしまうと拮抗しているとは言い難い。それは、『寿歌』が荒廃した世界を描きながらも、ヤスオ(ヤソ)が登場人物として出てきて受難を過ごすことからもわかるように、ハルマゲドン幻想の終末の世界を描く演劇といった側面がはるかに強いからだ。
 だから、この戯曲は80年代の表象として、ニューエイジ運動やカルトなどのハルマゲドン幻想の終末観の先駆であり、それと同期する。そして、その後オウム事件に集約されるということでは、これは原発の演劇として、似て非なるものなのだ。
 だからこそ、演劇はなぜ原発の演劇ではなく、ハルマゲドン幻想の演劇になってしまったかを考える必要がある。もし今後「原発演劇」が作られるとしても、そこから始まるのが条件だろう。
(舞台批評)







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