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評者◆石塚洋介
上海雑感――誰もがすっと入って来られるような“軽さ”が上海全体に広がっている
No.3024 ・ 2011年07月30日




 3月の北京旅行からの帰り、上海虹橋空港に降り立ち地下鉄10号線へと飛び込んだ瞬間、上海の空気は軽い、そう思った。それは旅先から住み慣れた土地へ戻ってきたときに感じる安堵感とはまた違う感覚だった。悠久の歴史を持ち、大国の首都として君臨する北京の空気はなんだか重く、あと少しで窒息しそうだった。
 北京は10年前東京発のパック旅行で行ったきりであった。想像の通り、北京は大きな変化を遂げていた。なんだかほこりっぽくて骨董品のような街だなぁというのが前回のおぼろげな印象であったが、今回空港から市の中心へ向かう高速道路からは同じような顔をした高層ビルが林立しているのが見えた。薄暗かった地下鉄も、新しい路線の増設とともに現代的な(というか香港的に明るい)駅と車両に変わっていた。地下鉄で人間観察をしていて上海との差にも気がついた。上海で目につくのはかわいいおしゃれであるのに対し、北京ではワイシャツやジャケットでびしっとフォーマルに決めている人の割合が高く、また車内で本を読んでいる人も多数見かけた。首都の風格といったふうである。
 古代の都市の形を残す北京の都市構造も、首都の風格と通じるものがある。空港から都市に向かうには、何重にも巡らされた環状道路を突っ切って首都の中心へと乗り込んでいく。その行き着く中心は言わずと知れた故宮と天安門広場だ。そう考えてみると、上海にはここといった中心がない。市政府のある人民広場は地下鉄のターミナルでもあり中心といえなくもないが、まずもって上海全体が黄浦江を挟んで、租界地時代からの歴史を色濃く映す浦西と改革開放後の中国の経済発展を象徴する浦東でくっきり二分されている点で、中心をもち得ない都市構造をしているともいえる。
 北京を愛してやまないある杭州出身の友だちは、北京のいいところは包容力があり、全国どこからの人でも受け入れる器があることだと言った。それに比べて、子どものころによく訪れた上海の印象は、上海人は外地からの人に冷たく、都市自体が温かみのない感じがしたとこぼす。
 上海には特に包容力もなければ、排斥的でもない。僕は今そんなふうに感じる。根っからの上海人からはここ数年の都市の乱開発に関して、うらみつらみも聞かれる。が、現代中国の政治経済の枠組みのなかで、この都市は外地からの移民を受け入れ活力にしなければ動かないような構造へと既に徹底的に変化してしまっている。上海には独特の都市文化があり、それは我々のものだという自負が上海人にはあるように思える。外の人から見れば、それはときとして傲慢や排他的な態度として映るのも無理はない。だが、かといって上海人もそれをローカル文化として過度に主張することもない。ここまで都市の暮らしが変化してしまった以上、上海人は都市の記憶といったものをそれはそれで守るが、あとはこの街に誰が来ようと気にしないといったそぶりである。
 北京で建物のドアを開けるとぱっとぬくもりが溢れ出すのとは対照的に、上海はいつも湿気を含んだ空気が風通しのよい窓を通って流れていく。上海で下町のなつっこい人情味みたいなものはそう簡単には見つからない。が、逆にその冷たさゆえに、誰もがすっと入って来られるような“軽さ”が都市全体に広がっている。上海に着いた夜はまず窓を開けて、霧の向こうに光る高層ビル群を見てみよう。または旧フランス租界にくりだして青桐の街路樹の下を散歩するのもいい。風の中にきっとそんな香りがするはずだ。
(現代中国写真研究)







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