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評者◆別役実
品川 (上)
No.3022 ・ 2011年07月16日




 「いまは、品川は、ああいうような具合になっておりますが、昔、江戸時代は、品川とくるてえと、吉原の向うを張ったような威勢でございました。なにしろ、京大阪ァ見物するというのにゃ、みんな、金ェ懐へ入れて、『これより東海道』という棒杭をにらんで、別れをつげて出るんですからな。金はうんと持ってる。そいですッと入るッてえと、両方にずうっと、この貸座敷が並んでおりまして、女の子が待っておりまして、『ちょいと様子のいい人だよ、おあがりよ』なんてんで、引っぱられて『うゎーい』なんて…」
 おなじみ、古今亭志ん生師の「品川心中」の枕の一節である。話は、落ちぶれた花魁の「お染」が、「金さん」という人の好い客をたぶらかして、そいつを道づれに「心中」しようとして失敗するものだが、それはどうでもいい。昔、ここは女郎屋の並ぶ花街だったということであり、言うまでもなく今は、そのおもかげもない、ということである。
 ただ、一節の中に「これより東海道」という棒杭が立っていた、とあり、もちろんそのものは既に見ることは出来ないものの、この隠れた意味は、現在のJRの品川駅にも、ないわけではない。私は、この落語を知っているせいか、列車がここを通過する度に、「ここより東海道」と、思わず考えてしまうのだ。本来は、もう暫く走って、多摩川を越えてはじめて東京を出たことになる、にもかかわらずである。
 しかし、それにしても現在の品川駅かいわいの変わりようは、ひどすぎやしないだろうか。「ちょいと様子のいい人だよ、おあがりよ」「うゎーい」なんて情景までは期待しないものの、何かそれらしい手がかりくらいは残してほしかったと思う。私がそう話したら、聞いた一人が「でも、新幹線ののぞみが停るじゃないか」と言った。
 「ああ、そうなのか」と、私はそこで、思わぬ方向からの納得のさせられ方をした。つまり、そいつに言わせると、「品川」も(「品川」の誰かは知らないが)、花街はあきらめたのであるが、「これより東海道」の棒杭だけはあきらめきれなかったのであり、そのメリハリを感じさせるために、忙しい新幹線ののぞみを、敢てそこに停らせることにしたのである。
 従って乗客は、「どうしてこんな所に停るんだ」という疑問を通じて、「ああ、これより東海道なんだな」ということを、無意識に体験させられることになる。本当かどうか知らないけれども、「品川」のためには、よく出来た方策と言えるのかもしれない。現に私は、関西で仕事がある場合、行く時には東京から乗るが、帰りは品川で降りる。その方が、「帰ってきた」という感じがするからである。
 そして、よく考えてみると、羽田から空を飛ぶ場合は、行きも帰りも、浜松町からモノレールに乗る。品川から、電車で往復する手段があるにもかかわらず、である。もしかしたら、空を飛ぶのであるから、「これより東海道」の棒杭は関係なく、従って品川に何の意味もないからかもしれない。もちろん浜松町にだって、何の意味もないのだが、モノレールというのは、空を飛ぶに当って乗っておくには、何となくふさわしい乗物なのである。
 ただ、いつかテレビを見ていたら、JRの品川駅ではなく、そこから私鉄でちょっと行ったところに、かつてのおもかげを残す街並みが、いくつか残っているらしく、それらを紹介していた。もちろん、海辺に並んだ花街の風情はなかったから、「おあがりよ」「うゎーい」というようなものではなかったが……。
 安保闘争が盛んであったころ、私は早稲田の学生として、もちろんその一兵卒として、品川駅に「坐りこみ」に行ったことがある。何でも、始発電車を停めようということで、夜中に駅に集結したのだが、我々が何番線かのホームでうろうろしていると、「総評のオルグ」と称するいかつい男が現れて、「馬鹿野郎、そんなことで電車が停められるか。線路に降りろ、線路に」と、怒鳴られた。
 言うまでもないことだが、一般市民の感覚で「線路に降りる」ということは、かなり「怖い」ことであり、当面電車がこないことになっていたとしても、ちょっとした「冒険」にほかならない。しかし我々は、その男に追い立てられるようにして線路に降り、そこに坐りこまされた。
 そして、これは是非一度、多くの人々に体験してみてもらいたいことだが、線路に降りてそこに坐りこんでみると、世界が変わる。どう言っていいのかよくわからないのだが、我々がよく知っている日常的な空間から、それをのぞき見する別の空間に入りこんだような気持、とでも言えばいいのだろうか。ちょっと「居直った」ような、奇妙な解放感が味わえるのである。例の一心太助が地ベタに大あぐらをかき、「さぁ、斬るなり突くなりしてみやがれ」とタンカを切る、あの感じにも共通するかもしれない。
 その後、その「坐りこみ」がどういう結末を迎えたかは、よく覚えていない。覚えていないくらいであるから、機動隊に排除されたというような過激なことがあったのではなく、どうせ「上の方」の話し合いで、平和裡に解散というようなことだったろう。
 ただその「坐りこみ」の最中、周辺の者と話し合って三々五々、駅前のラーメン屋へラーメンを食べに行ったことを覚えている。「改札を出してくれるかな」「馬鹿、改札になんか誰もいないよ」ということで、その「誰もいない改札口」を通り抜ける解放感もまた、今考えれば馬鹿みたいな話だが、私にとっては格別のものがあった。
 他の仲間は、特に早稲田の学生の場合、この同じようなことを新宿で体験しているのだが、私の場合は、何故か品川なのである。つまり品川は、そうした体験をするにはふさわしくないのであり、その分だけ、私にとっては特別、ということになるのだろう。
 ところで、私がかつて目黒に住んでいたころ、「目黒駅は品川区にあるんだよ」というようなことを、度々言われた。さほど重大なこととも思えなかったから、その度に「へえ、そうかい」と聞き流していたが、今回、品川について書くに当って調べてみたら、実は品川駅は港区にある、ということがわかった。
(劇作家)
――つづく







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