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評者◆稲賀繁美
梅棹忠夫「知的先覚者」の善用のために――国立民族学博物館「ウメサオタダオ展」より
No.3022 ・ 2011年07月16日




 梅棹忠夫(1920~2010)が生きていたら、2011年3月11日の東日本大震災以降の状況を前にして、何を語っていただろうか。そう考えていた人たちはすくなくなかったはずだ。
 1945年の敗戦時点で、都市という都市のあらかたを焼き払われた日本を前にして、多くの「日本人」たちは途方に暮れた。大東亜共栄圏の「旭日昇天」の神話が脆くも崩れたからだ。ところがそんなご時勢に、これで日本はいままでのしがらみから解放され、旭日が天に昇るがごとく発展を遂げ、世界に雄飛する、と予言し、しきりに触れて回ったのが、梅棹忠夫だった。その楽天家ぶりから、周囲では梅棹のことを「旭日昇天教の教祖」と揶揄したらしい。6月5日になされたNHKの深夜放送では、時局柄不謹慎との判断からだろうか、石毛直道・前国立民族学博物館館長は、この軍国体制由来の鍵言葉を、慎重に回避していた。
 梅棹が『文明の生態史観』(1957)を欧州の知的聴衆にたいして披瀝した機会としては、1984年4月のパリはコレージュ・ド・フランスでの講演を忘れることはできない。たまたま聴講したひとりとして、備忘録に述べておこう。日本にも、渡邊守章、高階秀爾、阿部良雄、二宮宏之はじめ、コレージュに招聘されて、完璧なフランス語により、貴重な学術貢献をなした傑物は事欠かない。そうしたなか、梅棹はチカコ・トワイエ氏による通訳を介して講演した。通訳を介するというハンディを逆手にとって、これだけ確実に聴衆の心をつかみ、しかも当意即妙の返答のできた日本の文化人には、他にお目にかかったことがない。最終日であったか、アフリカ人の聴講者から、ユーラシア大陸の生態史観については納得がいったが、アフリカはどうなのか、との質問があった。梅棹は間髪をいれず、「それはアフリカ出身のあなたが考えてください」と返し、教室は温かい笑いに包まれた。その後四半世紀を験したが、思えば東西賢人による文明間対話は、この頃に最後の頂点というべき光彩を放っていた。
 河出書房新社企画『世界の歴史』最終巻として予告されながら、ついに幻の著作におわった『人類の未来』には、800枚にのぼる速記原稿のほかに、目次案(1971年1月稿)が残されている。万博公園で複製展示に接して注目したのは、エピローグのなかの「エネルギーのつぶし方」と「地球水洗便所説」である。「エネルギーの創り方」ではなく「潰し方」を、梅棹は大阪万国博覧会の段階で構想し、まだ水洗便所の普及率も低かった当時に、汚染水垂れ流しの地球生態的限界に配慮を巡らせていた。日本最初の南極越冬隊長を勤めた西堀栄三郎の『南極越冬記』(1958)も、ゴーストライターは梅棹だった。その西堀が溶融塩炉MSBRに「安全な核エネルギー」の夢を託していた晩年も、梅棹は記録にとどめている。そこに「理性」の狡智に替わる「英知」、「暗黒のかなた」の微かな「光明」を見るのは、あまりに「旭日昇天教」的な妄想なのだろうか。
 「産業技術史博物館」構想が頓挫し、営々と収集されてきた技術史の現物機材一切が、財源難から廃棄処分に付されてしまった今、日本列島は自らの産業技術史という遺跡、「行為と妄想」の航跡を検証し、将来への教訓とする手立てをも喪失している。だがこの喪失と原発廃炉の遺跡とから再出発することだけが、日本列島文化史に残された、唯一可能な世界貢献かもしれない。そこに知的先覚者・梅棹忠夫の遺言を認めたい。
 *『梅棹忠夫・知的先覚者の軌跡』国立民族学博物館 2011年。「ウメサオタダオ展」は2011年3月10日~6月14日。梅棹によるフランスでの講演記録は『日本とは何か』(NHKブックス、1986年)。梅棹による西堀栄三郎回顧は『西堀栄三郎選集 別巻:人生にロマン求めて』(悠々社、1991年)冒頭に所収。
(国際日本文化研究センター研究員・総合研究大学院大学教授)







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