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評者◆トミヤマユキコ
Sputniko!は高らかに歌う 「チンコ チンコ チンコ 」
No.3019 ・ 2011年06月25日
▲【すぷつにこ!】スプツニ子!とも表記。略称はスプ子。1985年、東京都生まれ。両親(日本人の父とイギリス人の母)はともに数学者。本人も数学の道に進むつもりで、ロンドン大学インペリアルカレッジ数学科および情報工学科に飛び級入学を果たすも、授業での音楽制作やライブ活動などに刺激を受け、アーティストに転向した。2010年にロイヤル・カレッジ・オブ・アート大学院のDesign Interactions学科を修了したばかりだが、すでに今秋MOMAで開催される「Talk to me」への出展予定があるという、現代アート界の超大型新人。
「スプツニ子!は、地球上の30億人の女性のために、元気の出る歌を作曲しました〝チンコの歌〟……チンコ チンコ チンコ 」(「The Chinko(Penis)Song」より) のっけからチンコチンコと書き立てて大変申し訳ない! 下ネタに弱い方、食事中の方にはこの場をかりてお詫び申し上げます。 しかし、スプツニ子!といえば、チンコや生理やワキ毛といったテーマを積極的に取り上げるアーティストであり「女性であることの厄介さ」を声に出し、メロディに乗せ、世界中にバラまく音楽革命家であるのだから仕方がない。「チンコの歌」も「チンコ」と言えない乙女たちが抱えた「チンコ恐怖」を「チンコ愛」に反転すべく作られた、フザけているようでたいへん真面目な歌なのである。 彼女のことをよく知らない方々にあらかじめ言っておくが、わたしが飲み屋で猥談をしているのとはレベルが違うのですよ。わたしもウンコやチンコといったワードを口にするのはべつだん抵抗がないし、セクハラしてくる輩に対しては、スキをついてズボンを下着ごとひっ掴んで膝までおろすなどの倍返しもお手のものだが、これらの行動はちっとも芸術的ではない上に、たんなる酔っ払いの小競り合い、阿呆の所行である。 しかし、スプツニ子!の表現行為はちゃんとアートになっている。というより、いま現在、アート業界の側で彼女の表現行為をアートと名付けたい欲望が止められないようなのだ。 2011年に入ってからだけでも「長谷川祐子と16人のアンサンブル」展に呼ばれ、文化庁メディア芸術祭で褒められ、札幌ビエンナーレでレクチャーをするなど、アート業界が彼女にメロメロなのが見て取れるだろう。このさき、しかもかなり短い時間でさらに多くの人々が彼女に注目するようになることは火を見るより明らかという感じがする。 エロをアートに昇華した女性アーティストは、スプツニ子!の他にもたくさんいる。ニキ・ド・サンファル「ナナ・シリーズ」は、カラフルでバカでかい女性器から観客を出入りさせたし、草間彌生はストリーキングをやったり、男根オブジェをデコりまくったボートを作ったりしているし、パンツ一丁にちっちゃなニプレスだけで踊りまくる劇団・毛皮族も「エロ×アート」組合の一員と言えるかもしれない。 しかし、スプツニ子!が特別なのは、そこにテクノロジーの問題系を介在させ得たという点にある。数学者の家系に生まれたホンモノの理系女子は、女性性の問題を「身体」や「感性」といった「女の得意分野」にのみ帰着させなかった。というより、理系の言語によって女性性を翻訳してみせたのだ。 たとえば「生理マシーン、タカシの場合」という作品。女性の生理を忠実に再現する生理マシーンを腰に装着すれば、股間からはダラダラと血液が流れ、電流で再現された生理痛が襲ってくる。それを装着したタカシは、当然のことながら、単なる女装とは違った形で女性性を引き受けている。女性を口説こうとして「キミのこと、もっと知りたいんだ」などとヌカす男には、タカシを見習ってまず生理マシーンを体験しろと言いたいね。話はそれからだ。 生理(痛)に対するスプツニ子!の考え方は「タンポン抜いたら飛んでゆき トイレの壁が惨殺現場 たかが遺伝子残すのに こんな苦労はありえない」(「Child Producing Machine」〔コドモを作る機械〕)といった歌詞にも表れている。科学がどれだけ進歩しても、生理や出産の大変さは解消されていないことへの素朴な疑問と不満。わかるわぁ。あたしもいろいろ面倒くさすぎて、この32年間でもう閉経したいと思ったこと何度もあるもの。 しかし、スプツニ子!は、わたしのように文句をたれ、女性であることから逃げようとはしない。むしろ、女性性の厄介さを引き受け、ユーモアの力でその厄介さを別様のものに変えてみせる。「あなたのそのワキ毛、いつから「ムダ」になったんですか? ワキ毛だってスネ毛だって、毛根から愛してあげたいって、スプツニ子!は思う」(「Wakki Song」〔ワッキーのうた〕)って言われて、毛糸で出来たワキ毛のゆるキャラとともに全力で踊られたら、ワキ毛フェチじゃなくても少しは説得されるってもんでしょう? このように、スプツニ子!の作品はあまりにもポップなので「これ単なる思いつきなんじゃないの?!」と思われる方がいるかもしれないが、実はさまざまな研究機関を訪れ、その道のプロに取材した上で作られている。いまは作品のおもしろさが先行しているが、そうした基底部のしっかり具合については、作品集を出版する機会などにがっつりと解説して欲しいものだ。 お! 彼女のTwitter(@5putniko)を見たところ、東大農学部で野鳥や渡り鳥の話を聞いてきた模様。「アイデアがメラメラと湧きました」だって。新作が楽しみだ! (@tomicatomica)ライター |
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