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評者◆高橋宏幸
老いをとらえる―― Drifters International「世界の小劇場ドイツ編」(@神奈川芸術劇場)
No.3016 ・ 2011年06月04日




 他者性を知る瞬間とはどのようなときだろうか。言語の違い、異文化間での接触、わかりやすく表れるのはそういうときだ。しかし、それはもっと身近なところにありふれている。たとえば、階層の違いはときに異文化間の差よりも、価値観の違いを顕著に現わす。世代間の差もそうだ。そのギャップはときに埋められないものとしてある。誰かと同一言語で会話をしていても、意識をしないだけで「翻訳」をしているように、他者とでもいうべきものには常に出会っている。いつのまにか内面化して日常を過ごしているだけなのだ。
Drifters International(ドリフターズ・インターナショナル)というNPOが企画した「世界の小劇場ドイツ編」が、神奈川芸術劇場で上演された。これは、ドイツから注目される三作品を招聘したものだが、そのなかの「she she pop」というカンパニーが上演した『遺言/誓約』という作品は、身近に現れる差異の距離感を巧みに扱い、目の前にいるはずの他者性について考えさせるものだった。
 作品のベースには、シェイクスピアの『リア王』がある。しかし、単にそのまま演出するのではなく、古典作品がもつ現在に通じる普遍的な部分のみをフォーカスして、上演へ至る過程も含めて作品は構成される。『リア王』自体は、王が三人の娘に遺産とでもいうべき権力を譲るなかで起こる悲劇だ。父から子へ遺産を相続することは、いつの世でもある。また、その条件として先王の面倒を看ることは、現在では老いた親の介護という問題に繋がる。
 この舞台では、遺産を譲渡する代わりに介護を求める構図を、カンパニーのメンバーの実際の親たちも出演者にして、ドキュメントの要素を色濃くして上演する。もちろん、彼らが実際の親かどうかは、舞台というフィクションの空間で行われている以上、語られている言葉を信じるしかない。だが、真実であるかという問題を軽やかに飛び越えて、その言葉からは、68年世代の新左翼の父親たちとその子供たちの間に、親子間の相違だけではなく、世代間のギャップも現わす。
 物ごとに柔軟で、柔軟な態度をとれることを自負しているからこそ、本質的にマッチョな気質を外すことができない父親たち。そのカッコつきの寛容さを子の世代は疎ましく思っている。おそらく、通常ならば子は口うるさい親との争いをするのが面倒で黙っているだろう。しかし、その子たちが親を交えて作品を作ることによって、面と向かって対話をする機会があるのだ。むろん、それは衝突を生む。
 たとえば、創作過程に起こった揉めごとも、上演の一部に含めようとする子に対して、父親たちは世間にさらすことの恥ずかしさのために、批判的な態度をとる。そこに68年世代がもつ「演劇」作品への嗜好が明確に現れる。かつて反体制を叫び、旧態依然とした制度を批判しながらも、いつしかそれ自体が凝り固まった認識となってしまったこと。それは同時に、作品観も固定されたイメージに囚われてしまっていることを示している。
 むろん、これらはドイツという枠を超えて、日本における68年世代として、全共闘世代にたとえることもできる。介護やそれに伴う相続という問題も、とくに高齢者が急増している先進国においては共通する。その際に親子関係が、かつてとは違ったものへと変質していくことも、どこにでもあることだ。
 取り立てて劇的な展開はとくにないが、ゆっくりと流れる舞台上の時間の中で、それぞれの出演者は、かつての関係から変わってしまったことを徐々に認識していく。それは、子はかつての子供ではなく大人へと変わったこと、親は子に面倒を看られるときが近づいたことなど、慣れ親しんだ家族関係が今までと違う相貌をもち、他者として互いを認識し合う瞬間が描かれる。介護や遺産など、老いという時間を媒介にすることによって、身近な場所にいた他者が浮かぶのだ。
 だからこそ、もはやその溝を埋めるために、赦しあうしか手段はなくなる。最後に彼らは、今までお互いがした数々の批判的な行為を挙げて、その一つ一つを赦しあう。それは分かり合えない相手だから尊重するというより、分からないのだから、相手のことを許容して、そこからはじまるしかないということだ。実際、老いというものは、自らにとっても見知らぬ他者として現われる。親の世代にとっては自由を失っていく身体などがそうだ。子にとっては老いていく時間の他者性があたるだろう。
 それら「老い」に付随するいくつものテーマを、古典を用いて現代へと召喚したセンスは圧倒的に優れている。
(演劇批評)







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