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評者◆内堀弘
モダン東京に吹いた風――和田博文著『資生堂という文化装置』(本体五二〇〇円、岩波書店)
No.3016 ・ 2011年06月04日




某月某日。新刊の『資生堂という文化装置』(和田博文著・岩波書店)を読んでいたら、井伏鱒二の『夜ふけと梅の花』(昭五)を思い出した。この短編小説は、主人公が夜中の二時頃におでんを食べたくなって出かけるところからはじまる。昭和初頭の深夜二時なんて草木も眠っていると思っていたから、現代とあまり変わらない生活スタイルに驚いたものだった。
 震災の復興が完成したのが昭和五年。モダン都市に生まれ変わった東京で、資生堂は尖端の場所だった。とにかくかっこいい。装う(モード、ファッション)、味わう(資生堂パーラー)、見る(資生堂ギャラリー)、一つのショップが発信するライフスタイルは、間違いなく時代の憧れだった。しかし、「新しさ」というその時のリアルな感覚は、言葉では記録されにくいものだ。
 今でも、古書展に行けば、その頃(昭和初頭)の本や雑誌が並んでいる。もちろん、古い資生堂の宣伝誌や資料がたやすく見つかることはない。しかし、鉄道の雑誌でも足袋屋の小冊子でも、どうしてこんなに素敵なデザインなのかと驚くものがある。新しい風が吹き抜けた跡はいろいろなところに残っている。
 復刻版やコピー、うっかりするとネットで集めた資料にあたっているだけでは、こうした時代の風に直に触れることはないのだ。
 『資生堂という文化装置』は、豊富な資料にあたりながらモダン都市の尖端を再現している。資料といっても、堅固な全集や研究書ではない。街頭を舞ったチラシや小冊子、当時の雑誌に載った無名な都市風景の写真だ。私はそれを探すのが仕事だからわかるけれど、それこそ吹き抜けた風を蒐めるのは途方もない作業だ。でも、そうした破片の側に時代は鮮やかに映っているのだ。
 それにしても、資生堂があった銀座という場所は、人々にとって盛り場というだけでなく「晴舞台」だったのだ。今、古本では、あの時代の「裏街」だとか「どん底」「暗黒」といったカテゴリーに人気がある。なるほど「晴れ」があったから「裏」や「闇」があったのだ。現代の平板さとは比べようもない。
 ところで、井伏が夜中の二時におでんを食べに出かけるのは、あれはどちらかというと「裏」のライフスタイルだったのだろうか。







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