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評者◆福田信夫
教えられることの多い秀作多数――胸が抉られる「国に殺された青年 鶴彬 夕陽録断簡(六)」(田中純司、『青稲』86号)、意想外な関係が面白い「辻晉堂・小熊秀雄・岸澤惟安老師」(興津喜四郎、『丁卯』29号)
No.3015 ・ 2011年05月28日




 本欄を担って8年になるが、初めて目にする誌が面白いと得した気分になる。『青稲』86号がそうで、「編集後記」に1969年創刊より(約)40年目になる、とあり、秋元有子「ひろき野へ(四の章)知力と理念の森へ」と赤井箱太郎「たそがれのビギン(下)の四」の小説は治安維持法や学徒動員の意味を今に問うなど一気に読んだが、田中純司「国に殺された青年 鶴彬 夕陽録断簡(六)」は、鶴彬(一九〇九~一九三八年、本名・喜多一二)は幼少時の不遇と貧困の中から平民主義と自由主義を主張し、江戸以来の古川柳に対抗して民衆自身が真実を歌う新興川柳を宣言するまでの井上剣花坊(本名・幸一、明治三年生まれ)とその妻信子、田中五呂八、森田一二らの先達からの影響を明かし、「万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た」「手と足をもいだ丸太にしてかへし」(『川柳人』昭和12年11月)等の絶唱を残し、翌年、野方警察署の留置場で赤痢にかかり(菌を盛られ?)、豊多摩病院で死ぬまでの様相や昭和6年の金沢第七連隊赤化事件などのエピソードが沢山描かれ、胸が抉られる。
 『丁卯』29号の興津喜四郎「辻晉堂・小熊秀雄・岸澤惟安老師」は、明治43年に鳥取県で生まれ、昭和6年に21歳で上京、初め独立美術研究所で素描を、のち日本美術院で彫刻を学び、池袋モンパルナスの長屋に住み、千家元麿氏像や詩人・小熊秀雄の首を作った辻晉堂が『正法眼蔵』の参究に生涯を尽くした岸澤惟安(一八六五~一九五五年)の木像を何体も拵えていること、また魯山人に「一茶とならば、いつでも角力の取れる天才的善書」と言われた瀧波善雄が小熊を知ったのは長崎仲町の千川の千家元麿の家であったとか、意想外な関係が面白い。筆者は晩年の瀧波と親しく、菩提寺の開山の老僧が惟安であり、実母が惟安に可愛がられたという強味が背景にある。同誌の小堀文一の評論「細部描写の真実性、我孫子時代の志賀直哉」は志賀の墨絵のリアリズムが雪舟や広重の絵にある静寂、生命、躍動感に共通しているとして我孫子時代の侘しく淋しい自然の姿と人間的諸関係から「城の崎にて」「好人物の夫婦」「和解」「焚火」「雪の日」などを解き明かす。デテールとホールの問題や「十一月三日午後の事」における反軍思想のことなど教わった。
 『みちくさ』4号は川端、太宰、鏡花について各々3人、4人、2人が寄せているが、このうち西脇久美子「刻み続けた家族の時間『回想の太宰治』」は「昭和53年、66歳の美知子はそれまで夫太宰について書いてきたものを『回想の太宰治』として発表した。(中略)太宰の没後、よくここまで彼の制作の背景をまとめ、資料を整理したものだと感動した。彼女なくして太宰ワールドは支えられなかっただろう。これは太宰の日常を支えた秘書の記録であり、太宰を分析したカウンセラーのカルテであり、ユニークな男を主人公とした女流作家の軽快な短編集のようでもある。」と。同誌の田辺ゆかり「どしゃぶりの女『ヴィヨンの妻』」に「太宰が山崎富栄と入水した6月13日に行われている『白百合忌』である。行きずりのように太宰と江ノ島で心中し、一人だけ死んだ銀座の女給、田部あつみをはじめ、小山初代、山崎富栄、太田静子のために、会費がわりに一本の白百合を持ち寄り捧げるという。山崎富栄のお墓のある文京区の『永泉寺』から平成元年に三鷹の『井心亭』に変わったと言う」ことをこの文で初めて知った。田辺は「非難の集中砲火を浴びた山崎富栄は、死の覚悟を決めた太宰にとって、全てを許してくれる母であり、神であった。すべてを赦すマリアであった。死にたがりやの淋しがりやの泣き虫の太宰治は、自らが強く望み、『敗残の十字架』にかかった。」と結ぶ。
 『文芸復興』123号の上原アイ「吾木香の人 三ケ島葭子」は、一八八六(明治一九)年八月七日、埼玉県入間郡三ケ島村に土地の小学校長三ケ島寛太郎の長女として生まれた三ケ島葭子(本名・倉片よし)が一九二七(昭和二)年三月二六日に四十歳で没するまでの生涯を詳細かつ大事に描き上げた随想風の評伝である。筆者は学生時代、講師の木俣修の著書『近代短歌』で「あたたかく春雨降ればうれしもよ夕餉なしつつ眠たくなれり」に出会い、「女子文壇」「青鞜」「スバル」「我等」「早稲田文学」「ホトトギス」「婦人公論」「日光」に寄稿した葭子の歌、小説等を辿るとともに与謝野晶子、平塚らいてう、原阿佐緒、古泉千樫、斎藤茂吉、中川一政らの評価に教えられる。葭子に吾木香をよんだ歌はなく、葭子の歌集『吾木香』の序文に「吾木香あはれや花のたぐひとも見えず寂しく秋の野に咲く」(原阿佐緒)がある。葭子の一人娘みなみと義妹晶子との通交が筆者の葭子への思いを温かく包んでいる。同誌の追悼文は、西澤建義「松尾蝸舎氏を偲んで」と堀江朋子の「亀山恒子さんを悼む」。亀山恒子(一九一八~二〇一〇年一二月五日、享年92歳)は師の広津和郎と娘の桃子のことを書き残したかったが、果たせず、と。
 『焔』86号は蒲生直英(一九二〇~二〇一〇・四・五)追悼で亀川省吾「山塊とハタハタ」、阿部忠俊「偲ぶ」、西川和子「遠くなった風景」、山平健二(長井文学同人)「行動の詩人・蒲生直英さん」、金子秀夫「蒲生直英さんのこと」。蒲生は山形県長井市生まれで『石笛』『長井文学』『焔』の同人であり、山形県教組委員長も十余年務めた。
(敬称略)
(編集者)







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