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評者◆内堀弘
震災の夜の注文――無名な賢治の願いまでが行間に残っているような、戦後版『注文の多い料理店』
No.3013 ・ 2011年05月07日




某月某日。震災の日、お茶の水の東京古書会館の地階では古書展が開かれていた。幸い被害はなかったが、交通機関がすべて止まってしまい、古本屋もその日は帰れそうもない。客も同じで、帰れそうもないからいつまでも古本を見ている。結局、業者も客もここで夜明かししたというのは、なんだか浮世離れした話だった。
 浮世離れといえば、十年ほど前、札幌の入札会に戊辰戦争で使われたという大砲一門が出品されたことがある。その頃、十勝沖(根室沖だったか)で地震があり、壊れた旧家の蔵からこんなものが出てきたというのであった。戊辰戦争のものとはいえ、大砲を勝手に売買するのは銃刀法違反ではないか、いや大砲といっても小さいから大丈夫(そういう問題ではないと思うが)、結局実用には堪えない骨董品ということで出品が認められた。
 もちろん、現実はそう牧歌的な話ばかりではない。地震以降、神田古書店街を訪れる人は激減したという。たしかに3月11日を境に気持ちの流れも変わったのだろう。ふと、私の店で震災後最初に注文が来た本は何だったろうかと調べてみたら、宮澤賢治の『注文の多い料理店』の戦後版(昭和22年)だった。注文の日付は震災の日の晩になっている。
 宮澤賢治は生前に詩集『春と修羅』と童話集『注文の多い料理店』の二冊しか残していない。刊行はいずれも大正13年で、つまり関東大震災の翌年だった。
 東北の無名な教員の本だ。話題にもならなかった。結局、大量の売れ残りは露店でたたき売られ、ほとんどは廃棄された。現在に残るものは極々少ない。
 ところが、奇蹟のようなことはあるもので、『注文の多い料理店』の紙型(印刷の元になった版)が残っていた。昭和22年に杜陵出版から出たものは(震災の夜に注文が来たのがこれだが)この紙型を使って印刷したものだ。無名な賢治の願いまでが行間に残っているようだ。 
 壮絶な映像がくり返し流れたあの晩、そんな一冊に想いを馳せたお客さんの注文で、私の店の3月11日以後が始まっていた。
(古書店主)







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