書評/新聞記事 検索  図書新聞は、毎週土曜日書店発売、定期購読も承ります

【重要なお知らせ】お問い合わせフォーム故障中につき、直接メール(koudoku@toshoshimbun.com)かお電話にてバックナンバー・定期購読の御注文をお願い致します。

評者◆トミヤマユキコ
益田ミリを単なる「ほっこり系」だと思ってると損するよ!
すーちゃん
益田ミリ
結婚しなくていいですか。――すーちゃんの明日
益田ミリ
No.3012 ・ 2011年04月30日




▲【ますだ・みり】イラストレーター、漫画家、エッセイスト。1969年、大阪府生まれ。マンガ『すーちゃん』シリーズでは「負け犬」の条件である「未婚・子ナシ・30代以上」に加え、彼氏もおらず低収入という女主人公が登場し、そのリアルさで読者を励ましたり凹ませたりした。かなり鋭く時に厳しい人間観察力を独特の画風でまろやかにするのが得意技。

 大きな地震が起こり、それによってわたしたちの生活に少なからぬ変化が生じました。

 わたしの住む東京都は比較的被害が少なかったけれど、それでも、買い占めで殺伐とするスーパーへ出かけ、募金をし、節電をし、余震に備え、情報収集を欠かさず……と、震災後新たに生じたタスクは結構たくさんあります。しかも、そうしたタスクには前向きに取り組むべし、というムードがかなり支配的です。各種メディアでも「がんばろう」「まけるな」などの言葉が飛び交っています。

 もちろん、それが今わたしたちに求められている態度であることは十分に理解できます。とはいえ「がんばれ」と煽られ続けて疲れてしまった人、ぶっちゃけいると思うの。とくに、非アグレッシブ派、冷静に淡々と作業することが得意な人にとっては、そろそろ息抜きが必要。しかし、どうやって?

 もしあなたがサブカル女子(外見オッサンだけど中身サブカル女子も可)ならば、益田ミリを是非オススメしたい。彼女の作品に描かれる「日常」に触れて欲しいのです。極めてユルい感じの画風も、震災で疲れ気味の脳にはちょうど良いと思いますし。

 たとえば『結婚しなくていいですか。――すーちゃんの明日』(幻冬舎)には、主人公のすーちゃんが、自分をじわじわと苦しめる「老後」について考えるシーンが何度か出てきます。

 「ガスコンロ1台しかない生活水準のあたしが/老人ホーム代なんか貯められんのか?」という問いに「は~ムリ」と即答するすーちゃん。じゃあ結婚に逃げれば良いのかというと、もう、愛や恋で麻痺できるほど若くない。「これから結婚ってなると/すぐ両方の親の介護かもしれない」という考えが彼女を不安にさせます。35歳の独身女性にとって、「未来」という言葉は容易に「老後」へと置き換えられてしまうもの。

 殿方にどれくらい共感してもらえるかは分かりませんが、ここには、心の底が冷たくなるような、えもいわれぬ恐怖が描かれています。そして、女がひとりで稼いで食って生きていくには、この手の恐怖をどう手なづけるかが重要になってくるワケです。

 すーちゃんは「老後」をもういちど「未来」へと反転させるために、こうつぶやきます「未来のためだけに/今を決めすぎることもない」。そして「あたしゃ/どんなおばあさんになるのかな~」なんて言っている。どうやらすーちゃんには、「呑気という思想」で恐怖を手なづけ厳しい現実をサバイブする術があるようです。

 ただ、勘違いしてはならないのは、この作品が努力せずに、刹那的に生きろとメッセージしているわけではないということ。

 それどころかすーちゃんは「私は今の自分を変えたいと思っている」(『すーちゃん』)ような上昇志向の人。でも、彼女は決してがんばらないのです。

 『すーちゃん』シリーズに限らず、益田ミリの作品において「がんばる」ことは周到に避けられています。よく「3年後、5年後の自分がどうありたいかちゃんとイメージせよ」などと言われるけれど、明確なビジョンを定め、そこに向かって自らを鼓舞し、がんばることそれ自体への異議申し立てが密かに行われていることは見逃せません。

 なぜ「がんばる」ことがここまで避けられているのか? そのヒントは『ほしいものはなんですか?』(ミシマ社)の中にありました。次の会話を見て下さい。「人は、すべての質問に答えなくてもいいのである/すべてに答えようとがんばるとどうなるかわかる?」「どうなるの?」「見失うんだよ/自分を」

 元気いっぱいじゃないし、前のめりでもない生活態度は、人々の目に止まりにくく、そのため社会的に評価される可能性はたいへん低い。というより「浅い」「ヌルい」という誹りを受けることだって考えられる。しかし、がんばることで自分を見失うのだとすれば、この浅さやヌルさをいまいちど検討する必要があることは言うまでもありません。「呑気という思想」侮り難し。

 東日本大震災以前、益田ミリ作品から学ぶべきことは「女ひとりで生きていくことを恐れるな」の一点だと思っていたのですが、どうやらそれはわたしの視野狭窄だった模様。「がんばることは、自分を見失うことにつながる」心の手帖にメモすべし。それで守られる自分が、未来が、あるはずです。しかしあのほっこり系マンガから震災疲れを和らげる知恵を得ることになるとは……益田せんせい、ありがとウサギ(ポポポポーン)!

(@tomicatomica)ライター







リンクサイト
サイト限定連載

図書新聞出版
  最新刊
『新宿センチメンタル・ジャーニー』
『山・自然探究――紀行・エッセイ・評論集』
『【新版】クリストとジャンヌ=クロード ライフ=ワークス=プロジェクト』
書店別 週間ベストセラーズ
■東京■東京堂書店様調べ
1位 マチズモを削り取れ
(武田砂鉄)
2位 喫茶店で松本隆さんから聞いたこと
(山下賢二)
3位 古くて素敵なクラシック・レコードたち
(村上春樹)
■新潟■萬松堂様調べ
1位 老いる意味
(森村誠一)
2位 老いの福袋
(樋口恵子)
3位 もうだまされない
新型コロナの大誤解
(西村秀一)

取扱い書店企業概要プライバシーポリシー利用規約