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評者◆内堀弘
震災と古本屋――人々の中の書物に対するたしかな想い
No.3007 ・ 2011年03月26日




某月某日。東北の大地震の日、お茶の水にある東京古書会館では入札会の最中だった。ここも激しく揺れた。しばらくすると神田の古書店でも、棚が倒れたり、崩れた本で通路が埋まっていると知らせが入る。「このへんは元々海だったから揺れるんだよ」、椅子に座ったままの老店主がぼそっとつぶやいた。
 関東大震災では、神田古書店街も壊滅している。当時、東京の古書店の数は五〇〇軒ほどだったが、その内二八〇軒の古書店が罹災した(『紙魚の昔がたり』反町茂雄編)。そこにストックされていた厖大な古書を焼失したが、もちろんそればかりではなかった。様々な稀覯書のコレクションを収蔵していた東京帝大図書館も焼失。「神田の古本屋の何十億冊とも取り換えることのできない損失である」と内田魯庵は心底から嘆いた(「典籍の廃墟」)。
 ところが一~二ヶ月すると古書業界は震災特需の活気に沸く。先の反町の回想によれば、内田魯庵の嘆きが紹介されると、「古い本は焼けた」「明治の本は全部焼けた」とオーバーな報道が増えた。すると古書への関心が高まり、個人の読書家から再建される学校や図書館まで需要は急激に増えたというのだ。もちろん、東京の古書店も罹災したが、店主らは仕入れのために全国を駆け回った。
 著名な蔵書家の売り立て会が始まったのもこの頃だ。まとまった稀覯本をオークションのような形で売却するものだが、そこには生涯をかけたコレクションが一夜にして焼失した震災の衝撃もあったのだろう。記録を見ると、個人のコレクターに並んで紀州徳川家という名前まである。門外不出といわれた稀覯本が世に出回りはじめた。
 すると、今度は次々と書物雑誌が創刊になる。古書の即売会がブームになる。古書店の周辺は、いや書物の周辺はいよいよ賑やかになった。
 当時の回想を読んでいると、特需がどうであったかより、人々の中の書物に対する想いがたしかなものとして感じられる。それにしても、ものの喩えに「古本屋の何十億冊」と魯庵が言ったとき、当時の読者はそこにどんな書架を想像したのだろうか。
(古書店主)







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