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評者◆志村有弘
心に残る力作・佳作・労作――長月むつみの北の大地に根を下ろした一家の歴史(「街道」)を描く力作。大逆事件を扱う小説(崎村裕・「構想」)と「群系」の特集「大逆事件と文学」。不遇な歌人松倉米吉を取り上げた「荒栲」。
No.3006 ・ 2011年03月19日




 力作・佳作が多かった。まず、長月むつみの「ダリアと肉塊」(街道第17号)。昭和十五年、北海道で教員をする樺山幸吉のもとに旭川の商家の娘フキが嫁いできた。幸吉は医者の息子であったが、父の借金の返済をしていた。肉塊とは激昂した幸吉が江津子の母フキを突き飛ばした際に見たフキの臀部。それが後々までトラウマとなり、江津子の心を歪めてゆく。幸吉の母みえの言動が優しい。江津子の妹の水死など、悲痛な事件も示される。寝たきりになったみえを献身的に介護するフキ、江津子の姿も爽やかだ。抑制のきいた文章もいい。心に残る佳作。
 長月とは作風も内容も異なるが、垂水ゆうの「〈私小説〉一筆地・乙森四四」(胡乱第2号)は読み応えがあった。父の生家があった白石(宮城県)の乙森四四の一筆地調査を行うから立ち会うようにという通知が来た。それは屋敷墓である。父の北海道への出奔とその後の人生、母や祖母のこと、一族のことが明らかにされてゆく。落ち着いた歯切れのよい文章で、随所にユーモアも書き込まれ、幽霊の登場(?)も作品を盛り上げる。
 森啓夫の「愁恋」(文学街第280号)は、役人から弁護士に転じたボク(七十八歳)の鼎(四十二歳)との恋、そしてその恋を断つまでを綴る。最後に、ボクは鼎宛に彼女と出会ったことで「強かな罪人」として人生を閉じずにすんだと書き記す。「愛すれど 恋せず」というサブタイトル、「無駄こそ文化なんだ」という銘記すべき一文もある。展開がやや早過ぎる感じもするが、最後まで魅きつける。なお、「文学街」が〈文學街文庫〉と称する文庫判の叢書を刊行している。同人誌所属の書き手の切磋琢磨、意欲奨励という点で大きな意義がある。
 波佐間義之の「めばえ」(九州文學第534号)は、人生の意外さ、皮肉を描く。少年を主人公にしているため、さほどの深刻さを感じさせないが、根底にカネミ油症問題を置いた重い作品だ。波佐間は以前「どくだみ」と題する同種の秀作を書いており、社会派作家の一面を示している。同じく「九州文學」掲載の濱松伸作の「裸婦の絵」は、友人の部屋で読んだ未完成の小説の内容から、友人の暗い過去を推測する。文章もストーリーの展開も丁寧な佳作。
 歴史小説では、「仙台文学」第77号掲載の近江静雄の「桜沢の誓い」、牛島富美二の「明日は思えど」が、仙台・一関を舞台とする幕末維新期の動乱を活写。「桜沢の誓い」に歴史の大きなうねりを感じ、「明日は思えど」の主人公小原与平太の最期が哀れを誘う。二作とも重厚な文体で綴る文句なしの力作。
 奇しくも同時期に大逆事件を扱う作品が発表された。崎村裕の評伝小説「百年後の友へ――小説 大逆事件の新村忠雄(一)」(構想第49号)は、信州の屋代出身の新村忠雄(明治四十四年一月二十四日刑死)の生涯をたどる。忠雄はむろんだが、幸徳秋水、大石誠之助らの行動、特に雑誌「高原文学」など長野県の当時の文化・政治活動を丹念に追跡した労作である。そして、「群系」第26号が「大逆事件と文学」を特集している。永野悟の「大逆事件とは何か」を巻頭に、同時代の文学者への事件の投影、参考図書解題等から構成し、貴重な文献資料を作り上げている。
 随想では、春田道博の「ニシンを獲るな」(Pegada第10号)に納得。春田の意図は乱獲禁止、漁業資源回復の方法を訴えるところにあるのだが、昭和二十年代の北海道地方の光景描写、北海道人の気質論も興味深い。
 詩では、今は亡き祖母を歌う宮沢肇の「死者のかたち」、雀たちの生きる姿を「わたしの限りない憧れ/わたしの生きる喜び」と綴る菊田守の「雀の群れ」(花第50記念号)が印象的だ。
 短歌では「ESコア」第20号が迫力満点。崔龍源の「素数階段」と題する怨念を感じる激しい一連の歌、松野志保の「終わりのある幸福な時間」・天草季紅の「海の運河」・加藤英彦の「燃える水」に見る不思議で不気味で巧みなリズムを感じる歌など興味津々。「荒栲」通巻28号で、渡辺康一が「アララギ」派の歌人松倉米吉の生涯を記し、その歌四十六首を掲載している。「築山のしげみの裏に身をひそめぼろぼろのパン食べにけるかも」という歌も見える。米吉についてはすでに研究書も出ているが、ともあれ困窮生活の中に身を置き、肺結核で二十五年の生涯を閉じた不遇の歌人に再度光を当てた、意義深い仕事である。同じく「荒栲」掲載の片柳之保の短歌「八十年生きてりやそりやあ腎臓の一つ位と言いて胃もなし」が悲痛。しかし、達観した大悟の心境が見事。短歌といえば、「銀河系通信」の主宰西川徹郎の『青春歌集』(茜屋書店)が青春の痛みと哀感を切々と訴えて無性に悲しい。
 「獏のあしあと」、「文芸誌十」が創刊された。同人諸氏の健筆をお祈りする。「朝」第30号が宇尾房子(続)、「風の道」第4号が堀勇蔵、「翔」第42号が紅野敏郎、「新現実」第107号が稲葉有、「文人」第53号が奥山康治と児島泰洋、「山形文学」第100号が大友俊とかむろ・たけし、「歴程」第572号が磯村英樹の追悼号(含訃報)。ご冥福をお祈りしたい。
(文芸評論家・八洲学園大学客員教授)







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