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評者◆小嵐九八郎
失ってしまった人間性の、もうできっこない蘇生の願い――三崎亜紀著『海に沈んだ町』(本体一五〇〇円・朝日新聞出版)
No.3003 ・ 2011年02月26日




 本屋で平積みになっている中で、落ち着かないようで懐かしく、失って久しいのにいまだすぐそこにあるような、鉄橋と鉄塔と海のうねるような白黒の写真の表紙があり、手に取った。へえ、これが三崎亜紀さんという作家の小説かと思い買った。
 というのは、ある大学で、安部公房の『砂の女』と、川上弘美さんの初期作品でたしか芥川賞をもらった『蛇を踏む』を、譬喩小説の研究のテキストに使ったら、学生に、「非常勤コーシ、三崎亜紀を読んだかね」と逆襲され、読んでいなくてやや恥を掻いたからだ。
 タイトルは『海に沈んだ町』(朝日新聞出版、本体1500円)。
 なるほど、うーん、と唸って、かなり、嵌まってしまった。有り得ぬ話ばかりなのだが、譬えられる“遊園地の幽霊”とか“団地船”とか、“彼の影”とか“巣箱”とか“かつてのニュータウン”が、なんと譬えて良いのだろうか、十二分に存在感があって、存在そのものの不安定さと無気味さと愛しさを孕んでいるのだ。そして、定型詩の快さに似て、結末の二、三行の寂寥感は、どの短編にも必ず出てきて終わる。
 この譬喩小説は、先にあげた安部公房のそれの“非日常の足掻きの日常性へ”という60年安保後の空虚さを“砂の下の救いがたき生活”に託したそれとも、バブル経済真っ盛りに“いるわきゃない優しく語る蛇”を譬喩の謎解きを拒んでの擬似童話として出す川上弘美さんのやり方とも、カフカ的近現代人への人間存在の危うさへの動物的不安の表明でもない、へんな感性なのである。強いていえば、失ってしまった人間性の、もうできっこない蘇生の願い……だろう。そもそも登場人物の俗人ぶりの描写など、天才的にうまく、迫力がある。
 表紙の写真は白石ちえこさんという人のもので、本文の中にも三十点ばかりあり、忘れられた遊園地の馬車とか、廃屋のテレビアンテナとか、謎解きを誘うのに放ってしまう、小説と互いに引き合い、反撥してゆく仕掛けとなっていて、これまた吐息である。
(作家・歌人)







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