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評者◆徐勝
裏切られてきた平和への期待――朝鮮半島に平和は来るのか?
No.3003 ・ 2011年02月26日




 昨年11月23日、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の延坪島砲撃事件によって、朝鮮半島の戦争危機は一挙に高まった。昨年3月には、未だに事故原因は明確でないが、同じ西海五島に属する白 島近海で韓国の哨戒艦「天安」が沈没し、東海(日本海)で、中国の咽喉である黄海で、航空母艦ジョージ・ワシントンを先頭に大規模な米韓軍事演習が繰り返された。朝鮮戦争以来、軍事的緊張に曝されてきた、この一帯での軍事緊張は、東西陣営の新冷戦の様相にまで悪化している。(注1)
 講演会などで朝鮮半島での戦争の可能性について質問がよく出る。結論的に言うと、戦争が起きる可能性はきわめて低い。朝鮮半島で戦争の勃発は次のような条件で抑制されているからである。1南北合わせて7000万人ほどの生命が人質になっており、戦争勃発の初期段階で数百万人の犠牲者が予想される。2延坪島事件で出動した韓国戦闘機がアメリカ軍の指示を得られず、北朝鮮の砲陣地に報復爆撃できなかった。つまり韓国政府が懇願してその有効期限を2015年にまで延長した「戦時作戦統帥権」を米軍が掌握しており、アメリカの許可なしに韓国軍単独で戦争はできない。3砲撃事件当初に李明博大統領が「戦争が拡大しないよう管理せよ」と指示したように、局地紛争ですら外資依存の韓国経済に破滅的打撃を与え、戦争は南北朝鮮に壊滅的な破壊をもたらす。4アメリカはイラク、アフガンで足を取られており、朝鮮半島で戦端を開く政治・軍事・経済的余裕はない。余裕があったとしても、「勝利なき」朝鮮戦争のトラウマを抱えたアメリカが、武器や戦闘能力において中東国家より格段に優れている北朝鮮を相手に戦争を遂行できる条件はない。5また、北朝鮮との戦争は必然的に中国を巻き込む危険性が極めて高い。6戦争は日米中露の死活的な経済的利益がかかっている日本海(東海)を死の海にして安全航行を阻害し、周辺国家の経済に予測不可能な大打撃を与える。
 軍事・経済的に極めて弱小であるが、地政学的な優位と核・ミサイルを担保にして背水の陣を布いた北朝鮮ならびに自国の政治・軍事的な要衝地である東北と首都北京の防御に迫られる中国を一方として、軍事力において圧倒的優位に立つ米韓日の3国軍事同盟とを他方とする均衡によって、辛うじて第2次朝鮮戦争が回避されている。
 戦争はなくとも、現在のような不安定な緊張状況が続くことは、北朝鮮はもちろん、韓国の市民にも大きな負担であり、関係諸国にもリスクを与えている。
 しかし李明博政権は北朝鮮の自壊というシナリオを描いて「圧力」政策で一貫してきた。そもそも、李明博政権の対北朝鮮政策は、前政権の和解・協力政策の全面否定を前提とする。先に北朝鮮が核を放棄すれば、経済支援を行うという「非核・開放3000」を掲げた。日本の読者は当然だと思うだろうが、これが南北関係の大きな障害となっている。北朝鮮は現在の「停戦協定」を平和条約に替え、朝鮮戦争を法的に終結して、アメリカとの政治・軍事的敵対を解消し安全を確保することを最大の国家目標としている。だから安全保障では、停戦協定に署名しなかった韓国の李明博政権と交渉しなければならない筋合いはなく、核問題はアメリカ(あるいは6カ国協議を通じてアメリカ)と交渉するとしている。
 ウィキリークスによれば、李明博政権は政権担当期間中、北朝鮮と交渉する意思は初めからないという立場である。李明博政権の対北朝鮮での「待つのも戦略」は、北朝鮮との一切の交渉と譲歩を否定し、体制崩壊を待つ「戦略」である。「熟柿」作戦とも言えるが、「棚ボタ」を期待する「画餅」妄想だとも言えよう。過去数十年間「北朝鮮崩壊論」は言われ続けてきたし、自然現象を期待して、「待つ」のが戦略であり、政策であるかどうかは大いに疑問である。
 結局、李明博政権の政策は「自発的対米従属」(作戦統帥権返還延期要請、アメリカ没入の安全保障・外交政策)、崩壊期待論に基づく北朝鮮無視、日米韓反共軍事同盟の復活優先論の3点セットである。それが金大中、盧武鉉政権の南北朝鮮和解・協力政策の成果を一挙に食いつぶし、今日の朝鮮半島南北関係の閉塞、敵対、戦争危機をもたらした。
 延坪島事件での危機高潮で、関係諸国は危機回避・管理へと急激に舵を切った。中国は即時6カ国協議開始を呼びかけ、北朝鮮も12月16日、リチャードソン・ニューメキシコ知事を呼び寄せ、ウラン濃縮施設への国際原子力機関(IAEA)査察官の立ち入り許可、黒鉛減速炉用の未使用核燃料棒の韓国への売却に向けた交渉の開始などで合意し、6カ国協議への復帰を表明した。新年共同社説(1日)で南北関係の改善を呼びかけた北朝鮮は、政府、政党、団体連合声明(5日)で、「幅広い対話と協議」を提案した。
 アメリカも朝鮮半島での全面戦争は少なくとも今は避けたい方向で、中国に北朝鮮を制御するように促し、1月19日のオバマ・胡錦濤会談で軍事衝突の回避、南北対話および6カ国協議の方向で合意をしたと見られる。
 北朝鮮は、ワシントンで中米首脳会談(19日)が開催された直後、人民武力部長名義で、朝鮮半島の軍事的緊張解消を議題に南北高位級軍事会談の開催を提案した。消極的だった韓国も孤立を嫌い、一応、提案を受け入れる様子であったが、議題に核問題の挿入を主張して、実質的に会談を受け入れない姿勢である。
 注目すべきは、1月10日に行われた日韓防衛相会談である。そこでは、物品役務相互提供協定(ACSA)や軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の締結の協議開始に合意し、防衛相と次官級の会談を年1回、開くことに合意した。北沢防衛相は38度線一帯などの軍事視察までも行い、かつて人目をはばかっていた日韓軍事交流とは次元の異なるものだった。日韓軍事協力には、当面、朝鮮半島有事への介入を明記せず、国連平和維持活動(PKO)、人道支援活動、災害救援活動などのオブラートでくるんでいるが、その目的は対北朝鮮(潜在的には対中国)の軍事同盟であることは明らかである。さすがに、李明博政権も植民地支配責任すら満足に果たしていない日本との軍事協力に反対する民族感情があるので、すぐにはうんと言わずとも、内心わが意を得たりであろう。
 問題は日本である。昨年、延坪島事件をうけて、菅首相は12月11日に朝鮮半島有事に「邦人救出」のために自衛隊を朝鮮半島に派遣すると表明し、韓国世論の強い批判を受けたが、民主党政権は普天間問題で対米従属の呪縛から抜け出せずに腰砕けになってからというものは、まったく節度も歯止めも利かなくなってしまった。アメリカは東アジアでの役割縮小まで含めて、さまざまな選択肢を持っているものと思えるが、かえって、日本と韓国の冷戦指向がそれを封じているのである。
 哨戒艦「天安」事件で事実が判明する前から、鳩山前首相が世界に先駆けて韓国を支持し、公海上での北朝鮮船舶の臨検という「独自制裁」を表明し、それに拍子を合わせて、沖縄の民意を裏切る民主党の普天間問題の決着に韓国政府が真っ先に支持するエールの交換をしたことと、今回の菅内閣の対朝鮮半島干渉政策は軌を一にしている。
 日本はどこに行くのか! 朝鮮半島平和体制確立こそが、東アジア平和への道であり、戦後日本のアイデンティティである、平和と民主主義への道である。
(立命館大学コリア研究センター)

 注1 まもなく出版される『徐勝の東アジア平和紀行――韓国、台湾、沖縄をめぐって』(かもがわ出版、2011年2月)所収の「哨戒艦「天安」事件から学ぶ東アジアの信頼構築」、「朝鮮半島の危機を超える――天安艦事件から延坪島事件へ」で、この間の事情は触れている。







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