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評者◆秋竜山
お定まりの夫婦げんか、の巻
No.3000 ・ 2011年02月05日




 「お前、夫婦げんかをしたことがあるか?」と、きかれて、「ありません」と、答えると、「それじゃァ、まだ本当の夫婦じゃァないな」。夫婦げんかとは、夫婦だけのものである。二人だけのものだ。よその夫婦げんかは、考えようによっては、とってもうらやましいものである。鈴木俊幸『江戸の本づくし――黄表紙で読む江戸の出版事情』(平凡社新書、本体七八〇円)では、〈お定まりの夫婦げんか〉として、取りあつかっている。「まってました!! 夫婦げんか」である。見物する立場の夫婦げんかである。本書では、江戸の夫婦げんかである。「夫婦喧嘩を始め、おさだまりのすりこ木で叩きおふ」というように、おさだまりとは、お約束という意味である。夫婦げんかは、男がすりこ木を振り上げ、女がすり鉢で防戦するという型は江戸の草子の最大の姿形である。現代の夫婦での夫婦げんかには、まず使えない小道具であろう。すりこ木とすり鉢で戦っている姿は夫婦げんかとみればよいのである。そして、すりこ木を振りまわしているのが男で、すり鉢でふせいでいるのが女というのも、江戸時代であろう。現代だったら、すりこ木が女ですり鉢が男ということになるかもしれない。それよりも、包丁とまな板となるか。
 〈「いろは」四十七文字を頭に置いた歌を頭書に配し、その下に離婚も含めた結婚生活のさまざまな局面を描く。「いろは」歌は、平仮名のものと片仮名のもの、二とおり取り合わせるのが一般的な形式である。平仮名のものは夫から妻への離縁状、片仮名のものは去られた妻の父親から元夫に対する恨みつらみの手紙を内容とする。〉(本書より)
 そして、本書では、
 〈森屋治兵衛版「草教いろは短歌」のものを見てみよう(濁点を補い適宜漢字をあてた)。
 いかな日も人にすぐれて朝寝して/ろくな心は持ちもせで/腹たちそふな顔をして/につこと笑ひしこともなく/頬は高くて鼻低く/べらりべらりと口をきゝ/途方はなくて物忘れ/智恵は浅くて/利口ぶり/縫ひ針わざはしかもせで/留守にもなれば昼寝して/男わらべを相手にし/笑ひ騒ぐが得手ものよ/髪頭をば結ひもせで/余所歩きして口をきゝ……〉
 と、続く。妻に悪口をあびせる。〈無性に銭をつかひすて/嘘つくことが名人で〉悪口はさらに続くのだ。続けて読んでいくと、男として実に気持よいものとなっていく。ストレスがスーッと消えてしまうようでもある。そして、最後が、
 〈もはやしみしみ飽き果てゝ/是非なく暇参らする/好きなところもあるならば/京田舎へも縁につけ/一期が間かまわぬぞ〉。
 夫のいいたいほーだいである。片仮名の「イロハ」をもって示したいろは歌が次の調子で始まる。
 〈いやならばその当座には去りもせで、六七年もなれなじみ/鼻毛の伸びたうつけ者、似合はぬ文の文体や/……〉
 こっちは男への悪口である。〈江戸の罵倒は豊かである。〉まるで芝居を観ているような夫婦げんかだ。〈そもそも江戸は笑いであふれていた。〉という。〈そもそも平成は笑いであふれていた。〉と、いえるかどうか。くらべようがないことか……。







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