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評者◆トミヤマユキコ
大宮エリーに何度も恋をしよう!
No.2999 ・ 2011年01月29日




▲【おおみや・えりー】映画監督、エッセイストなど肩書き多数。1975年、大阪府生まれ。「電通」勤務を経て2006年に独立。テレビCMやミュージックビデオのクリエイターとして個性的な映像作品を生み出す一方、執筆の分野でも活躍。日々の暮らしの中でおかしな事件が起こる率が異様に高く、『生きるコント』(文藝春秋)やUstreamでのトーク番組「スナックエリー」で披露される爆笑エピソードのファンも多い。

 にしきのあきらでもキムタクでもいいが、いわゆる「スター」と呼ばれる人々の多くが歌って踊れてスポーツもできて、芝居も上手なら笑いだって取れてしまうように、サブカル界のスターたちも、スターであればあるほど、仕事の幅が広くなり、肩書きが多くなる。

 それを証明するために、Wikipedia「リリー・フランキー」のページを訪れてみたところ「イラストレーター、ライター、エッセイスト、小説家、絵本作家、アートディレクター、デザイナー、ミュージシャン、作詞家、作曲家、構成作家、演出家、ラジオナビゲーター、フォトグラファー、俳優など非常に多種多才な顔を持つ」と書いてあった。なんと全部で15の顔。「十一面観音」という仏像があるが、観音、11対15でリリーさんに負けてるよ。これだけの職種、どう考えてもふつうの人が一生で経験できる数ではなく、相当の頑張り屋さんでも、5~6回転生した上で転職しまくらないと追いつけないだろう。リリーさん以外のサブカルスターたちも、みうらじゅん(11)や杉作J太郎(7)など、みんな肩書きが多い。

 思うに、スターというのは「肩書きのつけようがない人々」なのである。その時々で俳優ですとかコラムニストですなどと便宜的に名乗ってはみるものの、結局、自分のすること全てが仕事になってしまうのであって、だからもしキムタクが履歴書を書かなくちゃいけなくなったら、職業欄に「木村拓哉」と書くべきなのだ。

 しかしながら、このような「名前=職業」を体現する女性のサブカルスターは、残念なことにあまり輩出されていない……だからこそ「大宮エリー」は非常に希有な存在である。

 東京大学薬学部から電通へ、という一風変わったキャリアを持つ大宮は、コピーライターやCMプランナーの仕事を経て独立。以降は映画やミュージックビデオなどの映像作品制作に関わる一方、舞台の脚本やエッセイも書いているし、今年に入ってからはオールナイトニッポンでパーソナリティをつとめたりもしている。あ、この間はEGO‐WRAPPIN’のライブでDJをやったりもしていたな。

 まことにとりとめがない。しかし、それこそがスターの証。言祝ぐべし、である。一点突破型が多い女性サブカル陣の中で、このマルチぶりは、他の追随を許さない。

 わたしは2008年からこのかた、都合がつく限り彼女のサイン会やトークショウに参加している。それどころか、この人の事務所が社員募集をした時、応募しようか本気で悩んだし、いまでも「バイトで雇ってくんないかな、いやもう無給でいい、弟子入りしたい」と思っているぐらいだ。

 大宮エリー作品の魅力を説明するのはとても難しい。イケているようでダサいような、ズレているようでど真ん中をぶち抜いてくるような、ばかばかしいけれど人間の真理を撃つような、そんな「油断ならなさ」があって、しかし、どんな作品にも「わかりやすさと優しさ」という、簡単だけど(だからこそ)難しい隠し味が利いている。

 そんな大宮の最新の仕事は「絵本」。まさに「わかりやすさと優しさ」を試されるジャンルだ。

 『グミとさちこさん』(講談社)は、大宮が文を、そして荒井良二が絵を担当している。刊行記念のトークショウで聞いたところによれば、この企画は大宮が一面識もない荒井に、とても長いメールを書いて実現させたものらしい。本の帯にも「荒井良二さんの絵、とても好きで、思い切ってお手紙を書いて(略)一緒に絵本を作ってくださいって、お願いしました。いいよ、って言ってくれました」とある。また、このふたりはともに飲んべえであったため、酒によってグッと距離を縮めたらしい。人間力であり、肝臓力の賜物である。

 しかし作品の仕上がりを見れば、これが単なる飲み仲間とのなれ合いの産物ではないことは一目瞭然だ。

 白いチワワと受験勉強で忙しい女の子の物語は、優しさとわかりやすさの向こうに「死の感触」を潜ませている。チワワという、いつも震えながら生きているような動物が、大好きな女の子のために「ふかふかの特等席」をとび出して繰り広げる冒険物語は、最終部でとてもあたたかい気持ちにさせられるものの、電通時代の大宮が、自腹を切って自殺防止のCMを作ったという逸話としっかり手をつないでいる印象がある。

 死を扱った物語がわかりやすさに傾いたとき、ばかみたいに泣いてスッキリできるものに落ち着きがちな中、大宮が目指しているのは、その対極にあるような物語、言うなれば、死の感触をいつまでも残すような物語だと思えてならない。

 というようなことを述べた後であれだが、この人があけすけな猥談をする様子もたまらなく好きなんだよなー。「バックが好き」とか言って。正直すぎてもはや全然エロくないし。むしろ可愛らしい。そうやって、わたしはこの人のいろんな顔を見て何度もキュンとさせられてしまうのだろう。ちなみに、このような心理状態を人は「恋」と呼びます。







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