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評者◆秋竜山
根気よく待った本、の巻
No.2998 ・ 2011年01月22日




 今年も故郷でお正月。毎年、一年間の出直しみたいに故郷からスタートさせているみたいだ。そして、いくつになっても正月気分は、奴凧を手にしている時である。子供に帰るってことか。奴凧ほしさに文具店に入ってみる。思った通り、奴凧はなかった。店半分が本を並べ、小さな本屋さんである。のぞいてみる。写真・薗部澄、文・神崎宣武『失われた日本の風景――故郷回想』(河出書房新社、本体一三〇〇円)をみっけた。レジでこの家の主人らしき人が「スミマセンねぇ」。といって。「お正月ですので、お客さんにお茶を差し上げたいと思いましたが、今、ヤカンで湯をわかしはじめましたが、すぐわきそうにありませんので……」と、いった。それで、最初の「スミマセンねぇ」であることがわかった。やっぱり、田舎の個人の店は、このような心づかいをするものかと、たとえ、おせじであったにせよ、正月早々悪い気はしないものだ。「これ、ください」と、私が本を差し出すと。「オオッ」と、店の主人が声を上げた。そして「売れた売れた。ありがとうございます。これはいい本ですよ」と、いった。書店でこのようないわれかたをされたのは初めてであった。店に並べておいてよかった!! と、思わせる本ということか。〈二〇〇〇年一〇月二五日初版発行〉の本であることがわかった。一〇年の歳月だ。並べ始められてから。一〇年という長い長い時間をへて、やっと買われた本であった。それもこの私に。運命的とさえ思えてしまう。今年、二〇一一年であるから、正確には一一年目にめでたく買われた本である。書店の主人が思わず口走ったことは当然のような気がした。それにしても長い年月を根気よく待った本である。これも、田舎の書店であるから、このような芸当ができるというものだ。
 〈昭和三十年代のころから、向都離村、町村合併、列島改造、そしてむらの崩壊、ふるさと喪失。ここに掲げる写真は、その変化しきらない時代や地方のむらの表情を伝えるものである。〉(はじめに)
 この本が発行された二〇〇〇年の頃、なつかしがった昭和三十年代の頃と、それから十一年たった今と、昭和三十年代のなつかしがりかたが違うだろう。今は、遠い昔、それも昭和という時代の、ということになってしまう。忘れていたことが写真によって、よみがえったりもする。本書のどの写真も、「本当に、こんなだったよなァ……」と、涙が出てくる思いである。本書は白黒の色のない写真である。それが、かえって昭和三十年代をひきたてるようにも思える。あの頃は、父も母も若かった。若い父と母の笑い顔が思い出される。この本が発行された頃は、元気だったのに。十一年たつと、もう写真の人となってしまった。
 〈薗部さんの撮影の軌跡は、つまりは旅の軌跡でもあった。昭和二十年代は、「週刊サンニュース」、「岩波写真文庫」の撮影に明け暮れた。ことに「岩波写真文庫」の取材では、ほぼ全国各地を巡っている。〉(本書より)
 昭和三十年代をなつかしがっていると、次にくるのは昭和四十年代ということになる。なつかしい時代がどんどんふえていくということだ。ものすごいスピードで時代はつくられていくようだ。







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