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評者◆高橋宏幸
フェスティバルという祝祭のなかで――2010年演劇回顧
No.2997 ・ 2011年01月15日




 二〇一〇年はとにかくフェスティバルが集中した。大規模なものから小規模なものまで、いわゆる美術のフェスティバルの一環で上演された舞台作品もあり、フェスティバルという枠組みを通して現れるジャンルの境界や上演される場所の固有性、そして作品という問題について否が応でも考えさせられた。
 たとえば、主に美術のフェスティバルに区分けされるのだろうが、瀬戸内海の島々を会場にして行われた瀬戸内国際芸術祭では、関西を拠点にする維新派の『台湾の、灰色の牛が背のびをしたとき』が上演された。この作品は、「〈彼〉と旅する二〇世紀三部作」の三部作目にあたる。「二〇世紀」をモチーフに構想されたこのシリーズは、南北アメリカ大陸を移動する移民たちや、ヨーロッパの戦火のさなかを生きるものたちを描いてきた。今作ではアジアに焦点があてられる。まず、上演された場所が犬島という島の縁で、客席の背後には海があり、舞台側の背景には日本が近代を圧縮して完遂させようとした痕跡である、銅精錬所跡の近代遺跡群がある。その前に何千本もの丸太の舞台が建ち、黒潮に乗り東南アジアから台湾、紀州へと海を渡ってきたものたちをテーマに、日本という国民国家を解体しようとする壮大な内容を、維新派ならではの変拍子の音楽と微細に拍の裏を取ったりずらしたりする独特な身振りによって、特異な形式を纏った作品にする。移動や革命、戦争といった二〇世紀を表象する言葉たちが、遺跡群の廃墟の借景と重なって、崩れかけた発電所の煙突がまるで二〇世紀への墓標のように映る。グローバリティの地政学の中で浮かぶアジアがそこにはある。この作品はさいたま芸術劇場でも上演されたが、やはり劇場ではなく犬島という場所で現れた歴史性は、狭義の舞台芸術の枠をこえたといっていい。
 また、愛知トリエンナーレでも、パフォーマンス・アートの作品がいくつも上演された。たとえば、美術作家としても知られるヤン・ファーブルの『またもけだるい灰色のデルタデー』。ファーブルの作品のなかでは小品だが、死やエロスのなかに美を見出そうとすることは、他の作品とも共通する。西洋的な規範のような美しい肉体をもつダンサーが、途中でコークスを体に塗りたくり、ときに息を切らし舞台を這い回るかのようなパフォーマンスをして、自明視される美をいったん括弧に括り、観客の判断力を挑発する。それはファーブルならではの美への探究の方法として、今の日本においてすら、美というものを用いてまだ挑発することが可能であることを示した。
 最も大規模な舞台芸術のフェスティバルであるフェスティバル/トーキョー(F/T)では、一ヶ月という短期間のなかで、およそ三〇本の舞台が上演された。玉石混淆の観が強いが、観客にその場で起こったこととはなんであったのか、思考をつかまえて離さない作品は確実にあった。特に、ウェン・ホイとウー・ウェングアンの「生活舞蹈工作室」が作る『メモリー』という文化大革命をモチーフにした作品は、ロングバージョンでは八時間という長大な作品だが、演劇の本質的な機能として、隠蔽される歴史の記憶をゆるやかに暴く。ドキュメントフィルムとして、かつて紅衛兵として文革に参加したものたちのインタビューが映像で流れるなか、母と娘の個人史とでもいうべき物語が語られる。そこには、大きな歴史のうねりに引き込まれていく不安定な場所として、象徴的な身体をもつ女性が歴史を引き受けるかのように舞台にたたずむ。かつての熱狂はいまでは負の歴史として中国では問うことができなく、日本をはじめ世界でもあれほど熱狂のなかで影響されたものがいたにもかかわらず、今では誰もが口を閉ざしている。歴史そのものの性質を問う作品といっていい。

年がはじめになるKYOTO EXPERIMENTというフェスティバルでは、F/Tと作品がかなり重なっていたこともあり独自性という点で弱さは否めない。だが、同時期にもかかわらずPort‐Bという集団は、F/Tと京都とそれぞれの作品を上演した。F/Tでの『完全避難マニュアル』という作品は、Web上に示された地図から山手線各駅に設置された「避難所」を参加者は、実際に探し出して巡る。それは見知った場所もあれば、まったく知らない場所もあり、日常の延長でありながらも、緩やかに体験が異化されて日常が侵食されるような空間が創り出される。京都の作品は、『個室都市京都』という、京都駅ビルのなかに個室ブースが設けられ、駅ビル周辺で撮影した道行く人のインタビューDVDを何本か選んで見て、駅ビルをツアーする。そこには何気なく見ていたはずの京都駅という場所の固有性が浮かび、地域性とフェスティバルとはなにかを考えさせる。
 そしてBESETO演劇祭という北京、ソウル、東京と東アジアの各都市をまわるフェスティバルの開催地も今年は東京だった。そのなかでも劇団ミチュウの『リア王』は、シンプルな装置で飾り気のない演出で作られたものだが、だからこそ『リア王』という作品の構造が明確に浮かび上がった。現在の日本で、このような俳優の力量を前面において、テクストそのままに、いわゆる王道の演劇が創れる劇場や劇団があるのか。海外から招聘された舞台によって、日本なるものの演劇の場とはなにかを考えるきっかけを与えられるということは、フェスティバルの効果だろう。
 他にも、ポストメインストリーム・パフォーミング・アーツ・フェスティバル(PPAF)や静岡芸術劇場(SPAC)の春の国際フェスティバル、沖縄の国際児童演劇祭であるキジムナーフェスティバルもあった。「キジムナー」に招聘された作品のいくつかは、東京を含めてさまざまな地域で上演された。PPAFは数年に一度の割合で行われる小規模のフェスティバルだが、パフォーマンスに特化してフォースド・エンタテイメント、ホテル・モダンなど、演劇やダンスの視座の狭間で生起する多様態のなかにある作品の強みを改めて感じさせた。SPACが招聘したワジディ・ムアワッドの『頼むから静かに死んでくれ』は、日本という閉塞的な場ではなく、世界には近代演劇的な物語がまだ必要とされ、機能していることを示した。これらについては、すでに本紙の「演劇の現在」欄で書いたので詳述はしない(二九八四号、二〇一〇年一〇月二日号掲載)。さらにイプセンやチェーホフの名を冠したフェスティバルもあった。もちろん、なかには理念が問われることなく、フェスティバル枠による予算を獲得するためなど、営業上の理由によるものもあるだろう。
 そして、当たり前だがフェスティバル以外の方が圧倒的に作品は上演されているし、むしろ、フェスティバルという枠がない方が、作品そのものの現れを純粋に思考できるともいえる。たとえば、若手の劇作家である松井周が、蜷川幸雄が率いる高齢者劇団さいたまゴールド・シアターに書き下ろした『聖地』は、老いのなかを生きる俳優たちに戯曲はもちろん「若さ」という訓練の負荷をかけて、老いの姿を曝け出す。いわゆる古典芸能が老いの中に練熟の美を見出す作業とは一線を画して、作品に「生」や「死」の哲学ではなく「老い」のなかで現れる身体の思想を見出そうとしている。また、若手俳優を中心に組織したさいたまネクスト・シアターでは、逆に日本演劇史に名を残す宮本研の『美しきものの伝説』が上演された。いわゆる大杉栄が虐殺される直前までの、大逆事件以後のいっときの雪解けの時間に邂逅するものたちの群像劇だが、戯曲を読むだけでは素通りしてしまう宮本研の言葉の鋭い美しさと切なさに、現在の若手の俳優たちが立ち向かう姿があった。公共劇場を母体にして育成される、演劇の未来の一端が垣間見えた瞬間だった。
 実際の若手では、中野成樹+フランケンズの『スピードの中身』がある。「誤意訳」と称して翻訳戯曲を翻案する方法論は変わらないが、今となっては実験演劇以外では目にしない堅苦しさが伴うブレヒトの『折り合うことについてのバーデンでの教育劇』を、軽やかに現在へと変換させた。所沢の航空発祥記念館の展示室の一角を舞台にして、煮詰まった会議室の話として演出されたこの作品は、墜落した飛行士とそれは英雄なのかというブレヒト的な対立軸を残して、何が問題なのかという構造が浮き彫りにされる。実物大の飛行機が夕暮れの中でシルエットとして浮かび、墜落した飛行機の残骸のように照らされる演出は、この演出家の非凡なセンスを見せている。翻訳戯曲と対峙することは、かつて新劇がさまざまな問題を孕みながらもやっていたものだ。それはインターカルチャリズムのなかで現れる翻訳という言葉、身体が翻訳された言葉にいかに同期するかという問題に通じる。彼らは演劇史の文脈においても重要な、今以上に注目されていい作業を行っている。
(舞台批評)







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