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評者◆内堀弘
不精と努力――中山信如「九島興業資料の来し方行く末」(『日本古書通信』9~11月号連載)
No.2997 ・ 2011年01月15日




某月某日。古典籍のオークションで、宋版(宋の時代の中国で刊行された書籍)が一億円を越える価格で落札された。一点の書物の取引価格としては過去最高だそうだ。買いにまわっているのは中国のバイヤーで、いまこの人たちが触手を伸ばすものだけが高い。
 先日の入札会でも、樋口一葉(近代自筆物のエース)と孫文の書簡が並んで出品されて、ダブルスコアーで孫文だった。「平仮名の混じっているものは駄目」と、わかりやすい教えを前に、仮名文字の美しさを売りにしている一葉は立つ瀬がない。
 まことに、木枯らしがいつもより寒く感じられるのである。そんな中で「九島興業資料の来し方行く末」(中山信如・『日本古書通信』9~11月号連載)は熱く、面白いものだった。中山さんは映画文献の専門で知られる稲垣書店の主だ。
 発端は二十年も前、「九島興業資料一括」というダンボール三箱の資料を落札した。大正時代に札幌で映画館を経営していた興行主の資料だが、古い書簡や書類がビッシリ詰まっていて、どうも整理が面倒くさい。その内ゆっくり見ようと倉庫の隅に積み上げた。ン十万円で買ってこの不精。我が国もあの頃はバブルだったのだ。
 あれから二十年、店主はふとその三箱を思い出した。不景気で仕事が減った分、時間だけはたっぷりある。箱に詰まった古文書のような資料を、丁寧に整理し、解読していった。元々凝り性な人で、こういうことをはじめると仕事もせずに(いや、これが仕事か)三ヶ月も部屋に閉じこもるのだった。これはそのドキュメントだ。
 古い手紙や書類の向こう側に浮かび上がってきたのは、大正時代に興行で一旗揚げようとした新参者の奮闘ぶりだった。活動写真館の建築、活動弁士の実体、興行主の家族生活、まだ活字で編まれていない様々な物語が埋まっていた。第一級の資料ではないか。店主はこれに三百八十万円の値を付けた。二十年もほうっていてこう言うのもどうかと思うが、努力の結晶である。目録に載せるとすぐに注文が入った。
 他人の儲け話ほどつまらないものはない。しかし、「不精が赦される」というのと「努力が報われる」、この相反する二つが共存できる場所があるのかと思うと、読後感は妙に晴れやかなのであった。
(古書店主)







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