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評者◆神山睦美
神々との闘争をくりかえし、万物に君臨しようとする存在としての天皇
No.2994 ・ 2010年12月18日




 マナとは、ポリネシアやメラネシアにおける原始信仰において、霊的な力の根源とされるものです。いうまでもなく、モースやレヴィ=ストロースの人類学的な探究によって見いだされた概念といえます。安藤さんによれば、このマナについての理論を、折口は、はやくからとりいれることによって、天皇の存在の仕方を考察してきたとされます。たとえば、メラネシア人にとってマナは、超自然的な力であり、これが憑くときカリスマ的な存在として、共同体を司る者となるといえます。それだけでなく、このマナを身に帯びた存在は、みずからの霊力を最も衰弱したものへとわけあたえ、その再生を促すことができます。これはまさに、折口がミコトモチ論によって展開した霊的な力の授受を原型的に示すものではないかというのが、安藤さんの考えといえます。
 中村さんの「戦後天皇論」においても、「神と精霊の対立というパラダイム」の章において、この授受の関係を客と主の供応とみなし、その淵源を、ポリネシアの原始信仰から示唆を受けて展開された上野千鶴子の「異人・まれびと・外来王」(『構造主義の冒険』)に求めています。しかし、中村さんは、これをモースやレヴィ=ストロースのそれにまで敷衍することをなしえないまま、論を中断し、この世を去ってしまいました。これに対して、安藤さんは、上野さんが「異人・まれびと・外来王」において「女」の贈与と供犠という観点から権力構造を分析したように、霊的な力の贈与と供犠という観点から、天皇についての斬新な論を展開してきました。そのことによって、折口天皇論を、マナについての本質的な指摘をおこなったモースの『贈与論』のモチーフへとつなげていったのです。
 事実についていえば、安藤さんの論が、上野さんにも中村さんにも触れていないのは、同じ世代の先駆者ということで彼らに敬意を払っている者としては、飽き足りないところがあります。しかし、実際にその論をたどっていくならば、やはり、折口の天皇像を捉えるうえで、誰もなしえなかった視点を提示しているといわざるをえません。それは、神々との闘争をくりかえすことによって、万物に君臨しようとする強大な権力者としての存在様式ということができます。もとより、この存在様式は、民衆のルサンチマンを吸い上げることによって、絶対優位を獲得しようとする独裁者のそれとは似て非なるものです。万物に対して君臨するのは、最も強力なマナを身に帯びることでしか、すべての衰弱するものたちを再生させることはできないからです。
 これを大審問官とイエスの対位を通して受け取ることができるのではないかというのが、これまで何度か提示してきた考えなのですが、実際に、その場面を思い描いてみるならばどういうことになるでしょう。囚われの身となったその人が、あたえられた一片のパンと一枚の毛布によってようやく一夜を明かそうとする。そのとき、獄舎に通じる階段を降りてくる大審問官は、その人を前にするや、彼の衰弱した身にマナを付着させるかのように、過激な言葉を述べはじめるのです。亀山さんの新訳では「で、おまえがあれなのか? あれなのか? 答えなくともよい、黙っていなさい。第一、おまえに何が話せるという?」と、こうです。これを大審問官の非難の言葉とみなしたのでは、ドストエフスキーの真意を受け取ったとはいえないということになります。
 大審問官は、無言のままうずくまるその人を前にして、まず何よりも、言葉の力を分けあたえようとしているからです。その人のかつて行った事跡やその人から発せられた言葉を、一つ一つ否定していくことによって、いまだルサンチマンからのがれることのできない民衆のなかでは、愛と自由についてのいかなる理想も、息絶え絶えであるということを語ろうとした。それは同時に、どうにかして、その息絶え絶えの言葉に力をあたえることができないかを模索する試みでもあったと取るべきなのです。
(文芸批評)
――つづく







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