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評者◆福田信夫
同人誌の健在ぶりを示す堂々たる創刊号(『異土』、『出現』)、パステルナーク事件をめぐる日本ペンクラブ・高見順追尋の筆は緩まない(陶山幾朗「真昼の喧噪」『VAV』)、渡来人の痕跡を探る諸説に引き込まれる(崎村裕「信濃地名考――小諸」『構想』)
No.2993 ・ 2010年12月11日




 同人誌の衰退が言われるが、決してそうではないことを、この頃強く感ずる。還暦以上の同人を主とする随想・評論と小説系の同人誌は健在である。結社制が多い短歌や俳句系は別にして。これは自分の書きたいものを満足するまで書かねば済まないという思いを棄てられないからであろう。
 今回、堂々とした創刊号に出会った。「文学表現と思想の会」の『異土』である。小説2編、評論8編、合計650枚。この会は18年前から始まり、毎月の勉強会も計200回を優に超え、これから年2回の発行で10号をめざす。評論は川端康成論2編、大江健三郎、『アンナ・カレーニナ』、奥泉光『石の来歴』、「純文学変質説論争をめぐって」(清張と水上勉)、堀田善衞、宮澤賢治についての、いずれも調べに調べた説得力のある労作であるが、中でも浅田高明の「川端康成『山の音』の背景としての昭和の戦争と戦後史」と秋吉好の「摂津茨木と豊後竹田――川端康成『波千鳥』に関する史的考察」の川端論は、前者が戦中・戦後の川端の姿を、後者は川端の先祖探訪の願いが叶わなかった姿を共に執念深く明かしており、感服した。
 創刊号をもうひとつ。『出現』は45号で終刊した『文芸誌O』から脱皮したもので長野県内に住む6人の小説中心の文芸誌であり、小島義徳の「星は薔薇色の涙を流さない」は2段組みの上段と下段が別々に描かれた二重進行小説の博学ぶりに気圧されたが、渡辺たづ子のエッセイ「父のいる病室」の素朴さに心洗われた。これは病院の看護補助(ヘルパー)になった主人公が、ほとんどが寝たきり状態の高齢者の姿と自分の思いを淡々と描いた小説。
 『季節』5号の吉井よう子「インテルメッツォ」は、死期近い妻と死んだ妻との思い出を古典音楽を背景に描いた愛情に満ちた小説。なお、吉井は詳細な「小笠原克書誌(2)」(1966~1971年)をも載せている。
 『VAV』15号は、成田昭男の「詩人ヨシフ・ブロツキーと魂の往還」の連載(5)など6編だが、「編集者から見た内村剛介氏」を書いている陶山幾朗の「真昼の喧噪――パステルナーク事件の光景(六) 高見順――『文士』と政治」は、1958年10月に『ドクトル・ジバゴ』にノーベル賞が与えられたのに対し、ソ連のマスコミの集中攻撃や作家同盟からの除名決定により受賞辞退に追い込まれた情況の中で、日本ペンクラブの選んだアイマイモコとした対応、それは専務理事の高見順の為した業であるとし、高見の戦前・中・後を追尋し、1960年5月30日に死ぬパステルナークを勲す。日本ペンクラブに抗議したのはサイデンステッカーら外国人3名であり、平林たい子、高橋健二らであった。陶山の筆は緩まない。
 『播火』77号は、19回連載の柳谷郁子「望郷――姫路広畑俘虜収容所通譚日記」で終わり、今号は「日本国内の捕虜収容所」の詳細な資料が収められている。函館、仙台、東京、名古屋、大阪、広島、福岡の本所のほか傘下に分所、分遣所・派遣所の合計約130ヵ所に約36000人が収容され、他に東南アジアからの輸送船(撃沈された)の死者11000人のほか終戦までに約3300人が死亡。日本が外国人俘虜をどう扱ったかを明らかにした労作。同誌の諸井学「『嵐が丘』の向こう側」というエッセイの見事な手練に感心した。
 『半獣神』89号の安芸宏子の随筆「『山中湖文学の森・三島由紀夫文学館開館一〇周年記念フォーラム』に行って」は、去年の11月に見学した時の様子を「三島しろうと」を自認する筆者が詳しく紹介したものだが、ゲストのドナルド・キーンと横尾忠則の姿と話が生き生きと描かれている。また、三島の「暁の寺」は山中湖の北口本宮冨士浅間神社が使われているとか、「切腹」の話などエピソードが豊富。
 『構想』48号の崎村裕「信濃地名考――小諸」は、小諸市とその周辺に渡来人の痕跡が数多く残っている根拠を尋ね、「古代朝鮮語のムレが転訛してムラになった、あるいはムラは朝鮮語からきていて、ムラ(群)と同根で、同種のものが集まっているところ。モロはムラの転訛で、毛呂山町のモロも小諸市のモロも同じで古代朝鮮語から来ている」とか民謡「小諸節」はモンゴルの「駿馬の曲」に似ているのは、小諸市、東御市、佐久市にまたがる御牧が原の望月の駒を飼育、増殖、牧場経営したのはモンゴル人かも、とかの諸説に引き込まれる。
 『笛』253号の「特集・濱口國雄を回顧する」は、小川重明「濱口國雄のこと」、志真斗美恵「『濱口圀雄詩集』編集の頃」、ゆき・ゆきえ「濱口作品『地獄の話』考」で34年前に死去した濱口の新編詩集が去年の暮れに出版されたのを祝って組まれたもの。
 『雲雀』9号は、特集1がふくやま文学館の「原民喜展」で鼎談「原民喜を語る」(海老根勲、原時彦、ウルシュラ・スティチェック)、皿海達哉「原民喜の『絶望』をめぐって」、竹原陽子「原民喜の木箱――〈死〉を超える嘆きの魂」と10頁にわたる「原民喜展 展示資料目録」。特集2が「追悼・代表安藤欣賢さん」で海老根勲、天瀬裕康、長津功三郎が寄せている。
 『始更』8号の「特集 幸田文Ⅱ」は増田みず子「幸田文――終わりから始まりへ」、野村忠男「記録として」、下中美都「『幸田文の言葉』から見つけた、現代のなくしもの」など7編から教わること多し。
 『風土』10号は、去年の秋に逝去した山川禎彦(1936年、高知市生まれ、本名・市村邦彦)の追悼特集で河上迅彦作成の「山川禎彦の作品」という1951年から2009年までの年譜、山川久三「道の半ばに――山川禎彦のこと」、猪野睦「追悼であるようなないような」の3編で地元高知で書き続け、後進を育てた山川の華のある生を跡づける。同誌の猪野睦「満州時代の作家たち(二)――塙英夫」は、一高を中退し左翼運動で検挙され、転向し渡満して浜江省の農事合作社で、トウモロコシや大豆などの優良奨励品種の貸し付け、生活物資の配付や農業技術の指導により反満抗日運動の第二戦線を結成することで農村の近代化を図ろうとした塙英夫の小説「アルカリ地帯」(『中央公論』1941年2月号、懸賞当選)や「自由の樹」、「背教徒」などを紹介しながら激動の中を生き延びて書いた塙英夫へのオマージュ。
 『朝』29号は「追悼・宇尾房子」で丸々1冊に35人が寄せている。中田耕治、加藤幸子、中村桂子、庄司肇など皆が思いのこもった文を寄せていて不思議な宇尾房子の世界を覗く思いをしたが、巻末の中村俊輔作成の「宇尾房子作品年譜」(1963~2010年)は詳細だ。それもその筈、中村は単独でA5判、2段組み257頁の宇尾房子作品第一集『双頭龍』を先記の『朝』の2ヶ月後に出した。収録作品は「声」「人魚」「解体」「あたたかい闇」など8編で、中村桂子が「宇尾房子作品案内」を寄せている。貴重な口絵写真が一葉。定価はない。
(敬称略)
(編集者)







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