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評者◆トミヤマユキコ
シャッターチャンスの神に愛された女性写真家・梅佳代について
Umep ウメップ
梅佳代写真集
No.2992 ・ 2010年12月04日




▲【うめかよ】写真家。1981年、石川県生まれ。キヤノンのコンテスト「写真新世紀」において二度佳作を受賞。2006年に刊行した最初の写真集『うめめ』(リトルモア)は第32回木村伊兵衛写真賞に選ばれた。愛機・キヤノンEOS5のP(プログラム)モードで撮影されるという作品群は、笑える奇跡に満ちあふれている。

 「梅佳代の作品」とは一体どこからどこまでを指すのか……それは簡単なようでいて難しい問いである。

 はじめて梅佳代を知った頃のわたしは、その来歴を全く知らなかったため、作品を作者から完全に切り離して鑑賞していた記憶がある。しかし、彼女が雑誌のインタビューに答え、テレビに出演するのを目にするや、彼女のキャラクターなしに作品を考えるのは難しいことになってしまった。

 梅佳代のキャラクターには中毒性があって、一度彼女のことを知ってしまったら「梅佳代を知らなかった頃の自分」にはもう戻れない。個人的には、彼女の好きな食べ物や寝るときの格好とかも知っておきたい、という謎の探究心を抑えられないほどで、だから彼女のウィキペディアのスカスカぶりは実に悲しい。

 キャラが立っているということで言えば、アラーキーこと荒木経惟も、作品、外見、発言、どれをとってもたいがい濃いワケだが、梅佳代というキャラの「読めなさ」加減はそんな大御所のはるか斜め上を行っている。わたしの言うことが信じられないなら、試みに動画投稿サイトをいますぐ訪れて、NHK「視点・論点」出演時の梅佳代をぜひとも観て欲しい。「この人があの写真を撮るのか!」という感動、あるいは「この人が撮った写真ならもっと見てみたい!」という気持ちが喚起されてならないはずだから。

 鑑賞者の中にある「見ることをめぐる欲望」が、作家と作品の間を往還することで梅佳代という作品が成立しているのではないか? というぼんやりとした感想が確信に変わったのは『じいちゃんさま』(リトルモア)を観たときだった。

 この写真集は、およそ10年にわたる祖父の記録でありながら、梅佳代の実家、梅佳代の家族、そして飼い犬までが被写体として登場する「オール・アバウト・梅佳代」な作品であり、言うなれば。作者と作品がっぷり四つ! なのである。だがそれは、たとえば浅田政志が『浅田家』(赤々舎)に自身の家族を登場させたこととは意味が全く違う。

 『浅田家』が家族にさまざまなコスプレ(全員で消防士、全員でバンド、全員でお葬式等々)をさせたコンセプト先行型の写真集であるのに比べると『じいちゃんさま』のコンセプトは存在しないに等しい。だって、ただただ梅佳代のじいちゃんが出てくるだけだもの。そして、浅田家の人々へ注がれるわたしたちのまなざしが「舞台を観にきた観客」のそれだとすれば、梅家の人々へ注がれるまなざしは、どう考えても「期せずして梅家を訪れた人」のそれである。最初から周到に用意されたコンセプトがあったのでは「期せずして」のムードは出せない。

 この写真集を鑑賞するわたしたちの視線は、最初こそ遠慮がちに庭先の飼い犬を眺めていても、やがて誘われるがままに玄関から居間へと上がりこみ、じいちゃんのええ感じに禿げあがった頭や、雑然とした食卓、こたつの暖かさや、トラクターのエンジン音、兄の短パンの生地の妙な薄っぺらさまでをも目撃することになる。それが許されるのが、この作品の懐の深さと言ってもいいが、おそらく無防備という言葉の方がより近い。そして、現代の写真家でわたしたちの視線に対しここまで無防備でいるためには、ある種の「強さ」がなければならない。

 そして梅佳代は、どれだけ作品が売れても、名のある賞を受賞しても、大人の事情に巻き込まれることなくその強さを堅持し続けている希有な写真家なのだ。それは最新写真集『Umep ウメップ』(リトルモア)においても変わらない。ある意味で彼女のキャラと作品を消費しようとするわたしたちの悪意なき(だからこそタチの悪い)欲望は、彼女にとってはほんの微風に過ぎないようだ。どこ吹く風とはまさにこのこと。

 シャッターチャンスの神に愛されているのは相変わらずであることは保証するが、今回はどういうわけか犬の崇高さがとんでもないことになっている。そして人間はいよいよバカバカしい。人間の哀愁と、犬の崇高さの組み合わせにしびれ、そのように世界を見ることができる梅佳代の眼には、もはや嫉妬すら起きない。かつてHIROMIXが登場したとき、わたしを含め、多くの女子が彼女に憧れ、コニカビッグミニを買いに走り、彼女の眼を獲得しようとしたが、梅佳代の眼はカメラを買ったぐらいじゃ獲得できそうにもない。それよりも、己のバカみたいな姿を彼女に発見されたい。HIROMIXが登場してから15年、もしかしたら女性写真家の活躍に対するわたしたちの反応は「撮りたい」から「撮られたい」へとシフトチェンジしたのかも知れない。
(ライター)







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