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評者◆神山睦美
ミコトモチとしての天皇の役割とは
No.2991 ・ 2010年11月27日




 このときに、もし折口が生きていたならば、どのような言葉を漏らしたでしょうか。『折口信夫の戦後天皇論』を書いた、中村さんのなかにそのような思いがなかったとは言い切れません。当時、小阪修平などと同様東大全共闘の一員だった私には、小阪さんほど、三島由紀夫に対してシンパシーをもつことができませんでした。三島のなかに生きている異様な怨望をどう取り出したらいいのか見当のつかないまま、日本ナショナリズムの潮流に流されていったのですが、おそらく、中村さんもまた、どうすれば、それらのなかに隠されているルサンチマンを解体できるのだろうかという思いをもって、折口研究に向かったのではないかと思われるのです。そして、「神道宗教化の意義」で述べた内容をあらためて確認するような言葉が、折口から語られるのではないかという問いが、中村さんのなかで発せられなかったとはいえません。
 日本の神々が敗れ、天皇および天皇制が衰亡しつつある時、なぜ「義人」が現われないのか、そういう「義人」を迎え入れる「自覚者」もまた、どこにも存在しないということほど悲しむべきことはないのではないかというのが、その言葉ということができます。中村さんは、これを「天皇の苦衷が思いやられればなおのこと、天皇に代わる救世主の出現に思いは募っていく」という言葉で受けるのですが、そういう言葉を発するまでには、折口のミコトモチから産霊信仰にいたるまでの考察が進められなければならなかったということができます。
 折口のミコトモチ論については、安藤さんの『神々の闘争 折口信夫論』に詳細な論述があります。『古代研究』のなかで、その理念が形成されていく過程をたどりながら、以下のような定義があたえられます。すなわち、ミコトモチとは、「言葉」であり「霊魂」であるもの、つまり「言霊」を神から受け取り、それを伝達する存在にほかなりません。つづめていえば「神言の伝達者、即みこともちなのである」(折口信夫『神道に現われた民族論理』)ということになります。このミコトモチは、たんに伝達するだけでなく、神の言葉にこめられた霊的な力を行使することによって、まつりごとを行う者でもあります。
 ここから、天皇とは、最高至上のミコトモチにほかならないという考えが現われます。この至上存在である天皇が、霊的な力であるミコトを国々の小さな神々に伝えていくところに、天皇を頂点とした中央集権的な政治体制が築かれていったといえます。だが、一方において、ミコトモチたる天皇は「言霊」を神から受け取る「魂の容れ物」にすぎないものです。必ずしも絶対存在とはいいがたく、それゆえ、「万世一系」といったことの成り立つ余地はどこにもない。いわば至上存在でありつつ、最低存在にすぎないというのが、ミコトモチとしての天皇の存在様式にほかならないということになります。
 このような安藤さんの解釈は、他の容喙を入れない卓抜なものといえます。が、やはりその原型は、中村さんの「戦後天皇論」にあると思われるのです。中村さんは、安藤さんほど強固なモチーフのもとに折口の論脈を敷衍しているわけではありません。しかし、「むすび」の神について、万物に生命をあたえ、生命発展のもとになる霊魂をあたえる超越的な神にほかならないとして、この神の霊力を身に帯びて万物の再生強化をはかることこそが、天皇に課せられた時代的な要請にほかならないと述べます。同時に、この「むすび」の神は、万物に生命をあたえるために、みずからは滅び行くものであり、それゆえに、最低存在ともなりうるものなのです。
(文芸批評)
――つづく







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