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評者◆トミヤマユキコ
みひろの「自分語り」にみる新・AV女優の生きる道
No.2988 ・ 2010年11月06日




▲【みひろ】AV女優。1982年、新潟県生まれ。グラビア、Vシネマ等での仕事を経て、2005年にAV女優に転身するや、たちまち売れっ子に。今年6月にリリースされた作品を最後にAVからは引退し、現在は女優・タレント・歌手として活動中。自伝的小説『nude』(講談社)は映画化され、マンガにもなっている。

 気になるにはいつだって女子のことだ。女子とはいかなる種族であるのか? 女子の来し方とは? そして行く末とは? この連載は、女子の生き方について、さまざまな作品、とくにわたしが得意とするサブカル系の作品を通じて考えることを主たる目的としております。それではどうぞよろしく。

 みひろのことを最初に知ったのは、バラエティ番組「ゴッドタン」の人気コーナー「キス我慢選手権」だった。AV女優があの手この手でお笑い芸人にキスを迫る。ターゲットとなる芸人は、スタジオ入りする直前にその女優の作品を観ているため、突然目の前に現れた本人に驚きつつも下心を隠せない。しかしルール上、芸人は彼女たちの誘惑を退けなければならない。エロのプロフェッショナルによるキスのおねだりをどれだけかわせるか、そのタイムを競い、最も長い時間我慢できた者が勝ち。この、単純かつバカバカしい内容がウケてDVDも発売されている。

 みひろはこの企画の中で、ひとつの奇跡を起こした。劇団ひとりを相手に、本気のエチュードを演じ切ったのである。キスの誘惑そっちのけで役に没頭するみひろ。「普通、深夜バラエティのお色気企画でそこまでやるかね?」というつっこみがためらわれる程の「ザ・女優根性」を見せつけた。

 みひろの凄いところは「私は女優だ」というアイデンティティを決して曲げようとしないところにある。それはもう、空気を読まないほどに。お色気抜きのマジ芝居は、まかり間違えば「アンタ企画意図わかってんの?」と言われ、下手したらもう二度と番組に呼ばれないかもしれない危険な賭け。だがしかし、それでもみひろは打って出る。だってみひろは女優なんだから。与えられた役にはいつだって全力投球なんだから。いまや志村けんの寵愛も受けてるし、「龍馬伝」にだって出るんだから。いつだってギリギリのところでKY認定を免れる没頭系女子、それがみひろなのである。

 そんな彼女が書き下ろした小説『nude』を読んだ。超ざっくり説明すると、お菓子系アイドルとして、ちょいロリ入ったヌードを披露していた頃も、ヌードとVシネだけやってたんじゃどうにもならんと言われ、AVの世界に飛び込んだときも、いつだって女優になることだけ夢見て、まっすぐ歩いて来たんだよ! というような内容。

 そして、ここが肝心なところだが、こうした内容は、AV女優の自伝としてはかなり異色と言って良い。なぜなら、複雑な家庭環境、彼氏のDV、お金の問題、幼少時の性的被害などなど、AV女優の自伝本で語られるのは、そのトラウマティックな半生であり、それこそがハイライトだからだ。

 たとえば、穂花は5歳で誘拐され、騙されてAVの世界に入り、AV引退後は憧れの女優になってめでたしめでたし!と思いきや、最終章で綴られるのは今も続く母親との確執(『籠』)。原紗央莉の場合も「どうでもいいや……」と投げ捨てた処女、初めてのAV撮影後は原因不明の腹痛で救急搬送されるなど、不幸盛りだくさんである。(『本名、加藤まい わたしがAV女優になった理由』)。

 ほらね。AV女優の自伝で語られる「わたし」は、いつだって暗い過去を背負い、だからこそ明るい方へと歩いて行くしかないのだという、強迫観念的に前向きな結論へと至るのが定番。ただし、AV女優としての成功とひきかえに受け入れた孤独が、彼女たちにタフネスという名の光を投げかけていて、それがなんだかカッコいい感じがするのもまた事実。

 しかし、みひろの場合はそうじゃない。どんなに平凡な女子だって少しは持ってる「トラウマ」箱の中身がからっぽなのだ。『nude』でみひろが語る不幸は、裸の仕事を親友がなかなか理解してくれなかったことと、元カレがヒモっぽかったことくらいしかない。えー、そんだけー? なんか普通! この「わたしは普通である」というメッセージは大変に不気味だ。みひろのふわふわと可愛らしい外見と一致しすぎる内面。夢に向かって一生懸命で、誰からも可愛がられる万人の妹のような存在感。その完璧すぎる世界観は、逆に違和感となって読者に襲いかかってくる。だって、そこにあるのはみひろという設定であって、実体ではないのだから。

 トラウマを持たぬ普通の女子としてみひろが売り出されなければならない理由があるとすれば、それはみひろの目標があくまで「女優」だからだろう。そのためにAV女優による自分語りに「非トラウマ系」という新トレンドをつくり出す必要があったのは頷ける。

 みひろは、飯島愛や及川奈央のような「色気×知性」のタレントを目指しているのではないのだ。AV女優から女優へのステップで、灰汁は抜かれ、塵は払われ、どんどん漂白されてゆくみひろでなければ、いつまでたっても女優の肩書きの前に「(元AV)」がついてまわってしまう。

 まっさらさらの女優めざしてずんずん進むよ女優道。その道の先が崖だったら、あの子はきっと何事もなかったように崖下にジャンプして荒れ狂う海へと泳ぎ出すね。それ位のまっすぐさがみひろにはある。しかし、そうしてたどり着いた大陸に「お待たせ!「女優」のみひろだよー」と乗り込んで行っても、誰も待っちゃいなかった、というオチがありそうで、わたしは怖い、というか少し心配です。







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